うげ~っ!

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「何かご用?」 母は大きな声で尋ねた。 幽霊の女は何かしら小さな音をたてた。 母は大きな声で幽霊に𠮟りつけた。 「聞こえない。もっと大きな声でハッキリ答えなさい!こんな時間にやってきて何の用なの?名前と要件を言いなさい。」 幽霊の女は多少うろたえているように見えた。 母はツカツカと幽霊に歩み寄りながら、俺に指図した。 「冴月(さつき)、患者さんに椅子用意して。ああもう、最近の若い子は本当に非常識なんだから。こんな時間に来られても普通だったら追い返すところだけど、しょうがない。どこか具合が悪いから来たんでしょう?いいわ。診てあげるから、そこに座って!ほら、早く座りなさい。」 幽霊はやむを得ず、俺が用意したパイプ椅子に腰かけた。 照明が消えた事務室は真っ暗だった。 幽霊の女がボーッと青白く光っているので、そこだけ明確に見えた。 母は幽霊の女に向き合って座り、幽霊の胸に聴診器を当てながら尋ねた。 「名前は?」 「白井ユミ・・・」 何と、幽霊はハッキリ、そう答えた。 「ユミちゃん、どこか苦しいの?」 母は聴診器を当てるのをやめて、そう聞いた。 「悔しい・・・私、まだ死にたくない・・・」 母は幽霊の顔を覗き込んで言った。 「あなた肺結核ね。かなり重症だわ。青白い顔して・・・こんな時間に一人でここへ来たの?おいくつ?」 「17歳」 「まあ。ご両親は?いっしょじゃないの?」 「もう両親は亡くなりました。」 「お気の毒に。でもね。こんな時間に若い女の子が一人でウロウロしてたら危ないわよ。ほら、そこにも危ない男が一人いるでしょ!」 「おい・・・患者さんに向かって、そういうこと言うなよ。」 俺は幽霊の前にもかかわらず、母の言葉にイラッとした。 「私・・・ここの病院で死・・・」 幽霊のユミが、そう言いかけると母は、その言葉を遮って言った。 「冴月(さつき)、ユミちゃんを家まで送ってさし上げなさい。ここは皮膚科ですから。結核の治療はできません。どうしても治療したいなら明日、総合病院へ電話して相談なさい。それと、電気を消したのユミちゃんでしょう?17歳にもなって、そういうイタズラはやめなさい。」 「私・・・(うら)めしくて・・・」 「妙な言いがかりをつけるつもりなら、今すぐ業務執行妨害並びに器物破損の現行犯で警察に訴えることもできるのよ。でも、ユミちゃんにもいろいろ事情があるでしょうから黙っててあげますけど、ふらふら夜遊びしたり、人の家の電気を消したりするイタズラはやめなさい。ご両親がいないなら、なおさら自分がしっかりしなきゃいけない。病気だからと言って自分を甘やかしてはいけません。ユミちゃんだけじゃないの、病気の人は!病気やケガで苦しんでいる人は世界中にたくさんいます。だけど(みんな)、それぞれできる範囲で頑張っているんですから。誰だって、病気になりたくてなってるんじゃない。どんなに気をつけていたって病気に(かか)ってしまうことはある。それだからと言って、怨めしいなんて言うのは八つ当たりでしょ?誰かを(うら)んだところで病気がよくなる訳じゃあるまいし・・・むしろ、そうした歪んだ心は、自分で自分の心をますます傷つけるだけ。」 ぅげ~っ! 始まってしまった。 ()められない止まらない、恐怖の母の説教が!
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