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「『空を見上げる』って描写はさ、どんな感情を表してると思う?」
不意に聞かれた言葉に、パソコンに向けていた視線を、声の主に向ける。
「……は?」
「いや、『空を見上げたーー』って表現ってさ、どんな感情というか、心の動きを表してんのかなーって……」
「なに?今書いてるやつに出てくんの?」
「いや、なんかふと気になってさ。」
へへっと笑うこいつは、今の状況をわかっているのだろうか?
我らが文芸部は今修羅場なのだ。
何というか、ふざけた話なのだが、顧問がコンクールの締切日を伝えないまま、気付けばなんと、明日が締切。我が文芸部は、正直この年に一回の文芸コンクール以外に活動実績のない、吹けば飛ぶような弱小部なのである。何が何でも作品を出さねばならない。ノルマは一人二部門。部員数が少ないことの弊害である。
部員は3人、このPC室には私ともう1人だけ。ここにいない残りの1人は、
「俺、4時半に寝ないとダメだから」
とわけわからんのことをぬかして帰っていった。4時半てなんだ。帰りのホームルーム終わんの4時前だぞ?30分足らずで何するっていうんだ、くそが!と脳内で悪態をつきながら、キーボードをガチャガチャ、ダダッターン!と乱暴に押す。あー、だめだ。こんな荒んだ心でいい作品なんか書けそうもない。うーん、とうなっていた折の、冒頭の発言である。
「で、何だって?『空を見上げる』?そんなん……悲しみ?いや、悩み?晴れ晴れとした気分?んー、そう言われれるといろいろあんね。」
「でしょ?何だろうなって、ちょっと気になってさ。」
「まー、でも正直、とりあえず作品書いてほしいんだけど?」
「いや、気になって進まないんだもん。」
「だもんって……男子高校生がいったって可愛くないからね?あー、でもさ、空の情景描写とセットなんじゃない?あと、時間帯とか……文脈によって変わるもんでしょ。」
「んー、いや、そうなんだけどさ……なんも無く、『空を見上げた』って書いて、その人がイメージする感情って、なんかその人の心だよね」
何が言いたいんだろう?
「何と言えばいいのかな……うーん、なんか『空を見上げる』ってなんか、こう、どんな感情も表せそうだから、読み手次第なのかなって。僕的には、気持ちを落ち着ける感じなのかな、と……んで、今、セイちゃんイライラしてたからさー」
「むしろ、最後の一言でイライラ増したわ。で?ミナトは進んでんの?」
「んー、まだ。まぁ、でもあと1、2時間くらいで何とかする。」
それから、何とか2人して作品を書き上げて、帰る。自転車を押すミナトの横を並んで歩きながら、ふと、私とミナトの関係って何だろうと考えた。友だち……と言うほど一緒にいるわけじゃないし、単なる部員とかよりは親しい気もする。うーんと悩んでいると、ミナトが話し出した。
「あ、セイちゃん『空を見上げ』てる。何考えてんの?」
「んー、私とアンタの関係?」
「へ?」
「私とアンタってどんな関係だと思う?」
「え!あ、えっと……え?あ、あのさ……僕ら付き合ってるんじゃないの?」
「は?」
「え?」
私は思わず空を見上げた。ミナトは立ち止まって両手で顔を覆っている。
「付き合って、たの?いつから?」
「え、僕、告白した、よね?」
「は?うーん……わからないなぁ……いつ?」
「え、2週間くらい前……」
空を仰いで、記憶を振り返るが、それらしいものは全くない。
「んー、だめだ。全く思い出せない。でも、ふうん、そっか。じゃあ、彼氏と彼女か、我々は。」
「え、あ、うん、そうだね。」
なんだか清々しい気持ちで、空を見上げる。心なしか空気が澄んで、世界が色鮮やかに見える。雨上がりだからかな。
「え、ねぇ、セイちゃんはいいの?思い出せないんでしょ僕と付き合ってるって」
「なんか記憶喪失みたいに言わないでよ。どうせアンタが回りくどい言い回しでもしたんでしょ。それに……私もアンタのこと好きだし。」
「は?……え、僕今告白された?」
「………」
「真っ赤だよ。」
「……うるさい。」
「嬉しい。」
「ばか」
「ありがと。」
雨上がりの空には、星が輝き始めていた。そんな空を見上げて、ミナトが嬉しそうに言う。
「付き合ってくれて、ありがと!」
「ばか。私の方こそ……こんな口悪くて無愛想なやつの相手してくれて、ぁ………」
「え、なに?」
っく!にやにやしてやがる!恥ずかしいんだぞこっちは!
「ありがとう!!」
「どういたしまして。ははっ、なんかありがとうばっか言ってんね。」
「……ん。」
どうしても憎まれ口を言ってしまうし、あんまり素直になれないけど、まぁ、ほんとこんなのと付き合ってくれるとか、ほんと、ありがとう。
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