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今日で最後なので
「今日で最後だから、もう明日からは言わないから、だから婚姻届けに入力してほしい」
そう言って彼は、電子申請の画面が表示されたタブレットを私に差し出した。
「…………うん、まぁ、明日言われても困るけど」
「それは僕だってわかってる。だから、今、入力してほしいんだ」
「…………何度も言うけど、今のままじゃダメなの?」
「君の言うこともわかる。だけど、夢だったんだよ」
「それも何度も聞いたけど、でも、今さら結婚なんて形だけじゃない」
「そうだね、今さらなにも変わらないと思う。でも、夢だったんだよ。今日を逃したら僕の夢は叶わなくなる。だからーーーー」
真剣な彼の表情に、私は、受け取ったタブレットの画面を見つめる。タブレットの右上には、申請までの残り時間が表示されていた。
残り時間十一時間二十二分。
それを過ぎたら、結婚という大きな制度が廃止される。でも、なにか変わるわけではない。多様化する夫婦関係に対応するため、様々な制度がもうけられ、結婚の形も細分化された。その中で、いつのまにか形だけになっていた昔ながらの結婚というものが廃止されるだけで、私たちの生活にはなにも支障はない。
彼のように駆け込みで婚姻届けを出す者も少なくないらしい。いま申請を出せば受理され、手続き上は記録されるからだ。記念みたいなものだ。
私もなぜか意地になって拒みつづけてきたが、別段なにも変わらないのなら彼の夢を叶えてもいいじゃないか。
「わかったわ」
「本当!?ありがとう!」
そうして私は彼とともに、手続きを始めた。
ーーーーが、私はしぶっていたことを後悔することになる。駆け込み結婚の多さに回線がパンクし、手続きは一向に進まず、ひたすら画面とにらめっこするはめになったからだ。
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