羊は柵を越える

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翌朝、師匠が咳き込む音で目が覚めた。 「あー。悪い。起こしたか?」 「風邪ですか」 「多分な」 「普段から生活習慣をしっかりしていないからですよ」 「病人にぐらい優しくしてくれよ。チコさんよぉ」 わざとらしく大きなため息を吐かれる。 しかしそんなポーズもつかの間で、すぐにまた咳き込み始める。 「チコ。今日の仕事は一人で大丈夫か?」 「やり方は既に教わっているので問題ないです。きちんと薬を飲んで安静にしていてください」 「くれぐれも気をつけてな」 大丈夫だというのに、心配は拭えないらしい。 ランタンを黒マントの内側に吊り下げている間も師匠の視線を感じていた。 俺はそんなに頼りないだろうか、と少し不満に思う。 ▽▽▽ 戦場にたどり着くと、いつものように祈りを捧げた。 歌を歌うのだ。鎮魂歌だ。 そうすると、亡骸から魂が抜け出てくる。 それをランタンにくべるだけ。それだけの仕事だ。 たくさんの人が地面に倒れている。 戦があるから俺たちは食いっぱぐれないで済む。 でも戦があるから命はこうして喪われる。 何かを掴みかけそうな気がした。 が、俺には関係ないことと作業に集中することにした。 赤、青、緑ーーさまざまな色の魂がランタンの中で揺らめいている。 あとはこれを届けるだけだ。 空を見上げる。赤々とした夕焼けが戦場に付着した赤と結びつく。 ランタンにも数に限りがあるため、いっぺんには届けられない。残りは明日にするか。 師匠がいなくてもなんてことはない。 一人でもこうしてできるじゃないか。 灯火の揺れに誘われて、命々屋は魂の帰るべき場所がわかる。 右に揺れれば右へと。その反対もしかり。 よし、届けに行くか。
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