幼な子を背負って!

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幼な子を背負って!

「よし、よし、もう少ししたらこの山を越えるだよ、超えたら団子でも、饅頭でも・・なんでも食ってエエぞぉ〜」 男は背負った幼な子に顔を向けて言った。 幼な子は頭からスッポリ布に包まれて居る。 春とは言え山路はまだ残り雪が有り、路のりは泥濘んで険しかった。 「いけねぇ〜こりゃ吹雪いて来る・・どこか、山立古屋(マタギコヤ)か炭焼古屋を見つけねば!」 男は鉛色の空を見上げて居る! ものの数刻で男の感は当たった。 当たりは一変に真っ白で路さえわからない殆どで有った。 男は必死に古屋を探して居るが真っ白に変わった景色では何もわからないで居た。 「・・あんちゃん・・」背負って居る幼な子さえ不安を覚えて居た。 「なぁに心配するな、大丈夫だで!」男は背負った幼な子に声を掛けたのは、幼な子の不安を消してやる為だろうて! どのくらい雪降る山路を歩いた事か少し鉛色の雲から陽がさしてきた・・男は長年の感で山路の少し平坦な場所を見つけようとして居る。 「オオあそこだけ、雪が盛りがっておるぞぉ〜・・」男は必死に雪降る山路を少しそれて、盛り上がった場所に着いた。 男の長年の感は当たった・・炭焼古屋は雪の覆われて居る、男は雪を掘って小さい入り口を見つけた。 背負った幼な子を先に入れて、男も小さな穴に身体を捩じ込めた。 炭焼き古屋はもう一年も使用されて居ないであろう! 古屋中は朽ち果てて居るとは、いえ・・少なくとも吹雪は凌げるし、暖も取れる。 あのまま吹雪いた雪路で難儀をするよりは助かったし、それにも増して幼な子をあのままにしたら命の危険に晒す事を回避出来た事が男には一番だった。 男は囲炉裏にて火打ち石で藁に火を付けた。 男は懐に入れた干魚を火で炙って居る。 小さな火でも少しは暖が取れるだろうて! 炙った干魚が焦げ色を付けた、男はそれを口に入れて噛み砕き幼な子の口に持って行った。 幼な子は柔らかくなった干魚をゆっくりと食べる。 「どうだ、美味いか?」男は幼な子の顔を見て言った。 幼な子は少し含羞(ハニカ)んで居る、それを見て男も笑った。 古屋の中は少しばかりの火では寒さを防ぐには無理があった。 男は幼な子を抱いて自分の温もりと道中合羽で震える幼な子を包んで居た。 二昼夜が過ぎた、未だ吹雪は止まないで居る。 火は消え、食い物も途絶えて居た。 三昼夜が過ぎた頃にやっと吹雪は収まってきて居る。 男はこの収まりを逃したら・・と考えた! 男は幼な子を背負い男は雪路を急いだ。 あと少しで麓の里迄だった! 遠くに黒い物が動くのを男は見て不気味な感じを覚えた。 男の不気味な予感は運悪く当たってしまう。        『冬眠明けの熊』 冬眠明けの熊は腹を空かせて居た、冬眠明けの熊は気が()っている。 また付いてない時とはとことん付いてない無いものだ、男は熊の風下だった。 ましてや幼な子を背負っては逃げても逃げ切れる物では無い、ましてやそれが冬眠明けの熊ならば追われては当然で有った。 男は一歩一歩ゆっくりと後方へと熊を刺激せずに後退りをして居る。 所詮遅かれ早かれ熊は男に向かって来るはずで有ろうて、とにかく男は熊から距離を取るしか無かった。 慎重に男は辺りを見渡した、もし追いつかれ戦うにしても幼な子を背負っては思う様に戦えない! 男は足場が良く、熊が不利な場所を・・見渡して探して居る。 後方に坂道を見た男はそこを熊と戦う場所に選んだ。 坂道の先は崖になって居る、熊は坂道を走る事が得意では無い、長年の感が男を坂道へと誘う。 男は一気に後方へと走った。 男の気配を感じた熊は猛然と追いかけて来る。 熊の荒い獰猛な吐息は男にも感じられて居た。 幼な子を背負って雪路を走るには、男には無理があった。 坂道の崖に男は立ち、幼な子を下ろして崖側の切りだった木の下に置いた。 男が熊に殺られたら幼な子とて腹の空かせた熊の餌食になろう。 男は脇差を抜き真っ直ぐに構える。 熊の心の臓を一発で仕留めねばならない。 熊は胸には、手で防御が出来ない事を男はわかって居た。 熊は男の前に来て立ち上がり威嚇をして居る。 その距離一間で有った。 熊が前屈みになる寸前に男はそのまま飛び付き脇差を熊の心の臓に突き刺した・・! 熊は不意を突かれたが男を両手で払い退ける。 払い退けた熊の手で男の利き手は砕かれた、更に熊は振り回した手で男の腹に一撃を発した・・熊は心の臓を貫いた脇差を払おうとした動作と同時に倒れこんだ。 男は熊に打ち勝ったのだ。 しかし男の利き腕は折れ曲がり破壊されて居る。 それにも増して横っ腹には熊に抉られた深い傷から血が噴き出て居た。 男は荒い息のままに幼な子の元にヨロヨロと歩き幼な子を背負って居た。 男は霞む眼を必死に見開き山路を降って行った。 振ら付き、霞む眼をカット見開き、重い頭を振りながら男は必死だった。 男は何度も意識が霞むのを抑えて居た。 どのくらい山路を降ったんだろうか! 男の意識が遠のいて来た。 男は霞む眼に茅葺きの屋根を見てそのまま倒れ込んだ。 背中から幼な子の声が男には聴こえる。 「あんちゃん、あんちゃん」 男は最後の力を振り絞り自分の髷を切ったのだ。 切った髷を男は背負った幼な子に渡した! 山里の村人が倒れて居る男を見つけたのは、昼九つを過ぎた頃で有った。 男は絶命して居た。 山里の村人は男と幼な子を地頭の家に運び入れた。 地頭は絶命した男の衣服を丹念に探って居た。 「コレハ、ショウナイ、カラ、クルワ、カシラ、サエモン、ニ、ウラレル、オサナゴ、ナワ、ヤエ、トイフ、モシ、オレガ、シンダラ、フトコロノ、キンス、デ、コノメワラシヲ、タノム、アサクサ、ゼゲン、サンジ」 地頭は絶命した男が最後に自分の髷を切り幼な子に渡した事から全てを把握した! 地頭は三次の小指を切り、また髷を添えて江戸は吉原女衒頭の左衛門に送った! 「手前は常陸国筑波山山里の地頭也、江戸は吉原女衒の三次なれし者は山間にて熊と相対して亡くなり候、またコレ女衒三次の髷と売られして亡くなりした女子(オナゴ)の骨を添え、また金子お渡し送り致し候也   元治元年弥生  地頭 辰之助 也 」 女衒の三次は命を掛けて人買いの仕事を全うしたのだ! その後、女衒三次が命を掛けて守った幼な子"八重"は地頭の養女として美しく立派に育てられ申しました。 〜お わ り〜
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