一 選秀女

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――え? 倒された? 戦いの異能持ちの自分が。負け知らずの自分が。剣も抜いていない、金属の重厚な甲冑(かっちゅう)を纏った男に。お前など赤子も同然と言わんばかりに。 杏は地面に背中をぶつけた痛みと衝撃で呆然としていた。 ――こいつ、めちゃくちゃ強い。こんなことは生まれて初めてだ。火にかけられているかのように、血が滾る。 「なぜ、秀女候補になりすましている?」 首筋には白刃。一斉に向けられた刀の先。力を加えればこの首と胴体はいとも簡単に泣き別れになる。杏は体を動かせず目だけ動かした。黒瑪瑙(くろめのう)のような瞳には感情らしいものは何も浮かんでいない。殺意を潜めているだけだ。 「口を割らんのか? ならば貴様の体に聞いてやろうか」 「ぐっ……」 首筋に刃が食い込み目を瞑る。絶体絶命――。 「(るい)」 澄んだ声が耳に届いた。目を開けると大将軍の鋲のような視線は杏から外れていた。兵垣の外に、人がいる。 「その女子(おなご)を離せ」 「しかし……この者は」 「いいから離せ」 たった一言で杏は解放され、突きつけられた刀はそれぞれの主人の鞘へと収まっていく。杏を取り囲んでいた兵が左右に退いたことで出来た道を、その人が悠々と歩いてくる。獰猛な兵たちは礼をとると視線を正面に固定し、(ひとがた)のように動かなくなった。
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