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――え? 倒された?
戦いの異能持ちの自分が。負け知らずの自分が。剣も抜いていない、金属の重厚な甲冑を纏った男に。お前など赤子も同然と言わんばかりに。
杏は地面に背中をぶつけた痛みと衝撃で呆然としていた。
――こいつ、めちゃくちゃ強い。こんなことは生まれて初めてだ。火にかけられているかのように、血が滾る。
「なぜ、秀女候補になりすましている?」
首筋には白刃。一斉に向けられた刀の先。力を加えればこの首と胴体はいとも簡単に泣き別れになる。杏は体を動かせず目だけ動かした。黒瑪瑙のような瞳には感情らしいものは何も浮かんでいない。殺意を潜めているだけだ。
「口を割らんのか? ならば貴様の体に聞いてやろうか」
「ぐっ……」
首筋に刃が食い込み目を瞑る。絶体絶命――。
「睿」
澄んだ声が耳に届いた。目を開けると大将軍の鋲のような視線は杏から外れていた。兵垣の外に、人がいる。
「その女子を離せ」
「しかし……この者は」
「いいから離せ」
たった一言で杏は解放され、突きつけられた刀はそれぞれの主人の鞘へと収まっていく。杏を取り囲んでいた兵が左右に退いたことで出来た道を、その人が悠々と歩いてくる。獰猛な兵たちは礼をとると視線を正面に固定し、俑のように動かなくなった。
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