一 選秀女

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「しかし、襲撃が続くな。子供達は夜も眠れないと怯えている……」 国境間際に住んでいるゆえに状況を肌で感じられてしまう。隣国と接した北部はただでさえ緊張感が伴う場所なのに、ここ最近(ぞく)が山から忍び込み、穀物を奪い民を奴隷にするために(さら)っていくようになった。なすがままに襲われ悲惨な運命を辿った家庭も既にいくつかある。 杏の母も、攫われそうになり抵抗したところ殺された。その時の苦痛と悲しみを思い出し吠える。 「襲撃の度に役人に訴えているのに悪くなる一方とはどういうことなの! 一体国は何をやっているのだろう! このままでは辺境から民がいなくなるわっ!」 「長城を強固にするなり異民族と和睦するなり対処しないとますます悪くなるだろうね。都も近いのだし」 さらりと聡明な発言をする英徳。僻地の農村の生まれなのに英徳は神童と呼ばれるほど頭が良く、言うことが違う。両親は将来文官になれるよう資産家に養子に出そうとしているとかで、本来なら国の名前も知らないはずの杏が英徳から習ったことは多い。 「陛下は今、お(きさき)集めにお忙しいようだからな」 岳陽(がくよう)は憎らしげに言う。杏もぎりと唇を噛み締めた。英徳(えいとく)は心痛の二人を気遣うようにそっと視線をやる。
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