一 選秀女

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「血気盛んな娘だな。大丈夫か?」 「……う、うん……」 差し伸べられた手を握り返した。農作業で荒れた杏の手とは随分違う滑らかな感触。立ち上がり恐る恐る視線を上げると、目が合った。優しく微笑まれ指先から耳たぶまでが紅潮していくのが分かった。 本当に同じ人間なの!? と疑いたくなるほどの美形。顔だけ見れば後宮の妃かと勘違いしそうだが、深緑の長衣や金の冠がかろうじてその人物を男だと知らしめる。衣が女性的な形や色合いであれば、間違いなく性別を判断できなかった。 杏はのぼせそうになりながらその顔貌を眺める。肌は陶器のような白皙(はくせき)。面差しや双眼はしんしんと降る雪を連想させ、青糸ごとき黒髪は半分は(たぶさ)にし、残りは風に流されるままにしている。 秀でた額、切れあがった(まなじり)、弓形の眉はいかにも理知的。どことなく、触れたら溶ける儚さを湛えていて、つい手を伸ばしたくなる雰囲気。 仕立て方次第では精悍な男にも、傾国の美女にもなれそうな中性的な人。
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