一 選秀女

30/72
4248人が本棚に入れています
本棚に追加
/162ページ
(るい)。この者は私の大事な客なのだよ。私の手配が悪く騒がせてすまなかったな」 彼は何でもなさそうに責任の所在を自分にあると明言、襤褸切(ぼろき)れと化した杏の肩にそっと布をかけ、男たちの目に晒された肌を隠してくれる。ざわめいたのは兵たちだけじゃない。他ならぬ杏が一番驚いている。初対面の美丈夫が、自ら泥を被ってまで自分の命の危機を救ってくれているのだから。 「しかし……」 「この者はそなたが清遠県から連れて来た娘で間違いないな、白殿?」 その人が狐に訊く。さきほどは知らない女と見捨てられたのだが。 「そうだッ! 何をやっておるのだお前たちはッ! 殿下の大切な客人を私がお連れしたのだぞーッ!」 ――えええええ!? 狐の寝返り返し!? 「そういうわけだ。後は頼んだぞ、大将軍殿」 ぽん、と肩を叩くと将軍は礼をとる。 「白殿と杏は私と共に来るのだ」 「う、うん!」 「御意」 苦い視線を送ってくる将軍を置き去りにし、踵を返した彼の後ろをついて数歩。杏は首を傾げた。――あれ? 私って彼に名を名乗ったっけ!?
/162ページ

最初のコメントを投稿しよう!