一 選秀女

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血を吐きながら殴られるがままになったので伸びたかと思ったが違ったようだ、杏の攻撃は分厚い脂肪に吸収されていた。伸びてきた手に胸ぐらを掴まれ逆に床に押し倒され、巨体に全体重でのしかかられ内臓が圧迫される。 「くっ……」 はだけた胸元の膨らみを見て少女だと気づいたらしい。男の口元に下衆な笑みが浮かぶ。 ――馬鹿なやつめ。私を普通の女子と思うな。 杏は脚をたわませ全身に力を入れると自分の体ごと男を浮かせた。まさか自分の体が浮くとは思ってもいない男の急所に膝を一撃。 ひゅ、と笛音のような情けない悲鳴を上げ二つ折りになって捻る。すかさず肉で埋もれた喉仏に手刀を入れると、息のできない苦しみでもがき喘ぐ。後は這々(ほうほう)の体で逃げようとする男の意識を奪うだけだった。 五人の異民族の男が倒れた家の中はしんと水を打ったように静まり返っている。耳を澄ますが、襲撃がこれ以上続く気配はなかった。 男たちは全員重症未満だ。殺さないように手心を加えている。意識が戻っても何もできぬよう縄で縛り上げていると、加勢が到着した。岳陽(がくよう)英徳(えいとく)だ。
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