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誓いの代償
※
『今日未明、杉並区の路上で女性の遺体が見つかった。身元は同区在住、五十嵐咲玖さん二十六歳。死因は失血死と見られ、着衣の乱れはなかったという。警察は現在事件、事故の両面から捜査をしており――』
「彼女、死んだのね」
スマホのニュースに目を通して、向かいのソファで脚を組む端正な男に話しかける。彼はええ、と靴先を揺らし「それが彼女の望みでしたから」とのたまった。
「人生はくだらない悩みの連続でしょうに、それを拒絶して自ら『血は鉄でしょう』とおっしゃったのです。ですから叶えて差し上げたまで。なんとなんと最初経血で解決しようとしてきたから驚きましたよ。まあ全然足りなかったので、きっちりと血液も採取させていただきましたがね。純度百パーセントこの世のものではない私が指名手配されることなど、未来永劫ございませんし」
「人の生死に関わる願いは駄目なんじゃなかったかしら?」
「んっんー。他人の生死、です。誤解なさらないでいただきたいですね、高橋梨花さん」
可哀想な子。私の夫の浮気相手なんかになったばっかりに、死んでしまうなんて。間接的に加担してしまったせいで、私も決していい気はしなかった。
それをさも当然のように言うこの男も恐ろしい。私はただ、夫の有責で離婚したいと望んだだけなのに。
「そもそも、彼女はあまりにこの取引に依存しすぎでした。貴金属を購入するとき、人は多かれ少なかれ何かの思いをさらけ出すものです。彼女はそれをきちんと理解していなかった。最初のネックレスはよかったのですが、我欲しか籠もらぬインゴットなど代償として差し出されましてもちっとも美味しくないですし。まして親からの贈り物をぞんざいに扱うのも気に入らない。ねえ、ガアコ」
カルマが樹上を見上げると、ギャアッと鳴き声がした。コウモリが返事をしたのだ。彼はテーブルに置いてあったトンボのブローチを真上に放り投げた。それは落ちてくることはなく、代わりになんとも形容しがたい咀嚼音が聞こえてくる。
「さて、梨花さん。不倫相手が亡くなってしまいましたが、このまま離婚を進めるのですよね?」
「もちろん。慰謝料と共有財産、しっかりもらって別れるわ。まさか足りない?」
「そうですねえ、少しばかり。お支払いは金でも銀でもほかの金属でも。できれば血は、なるべくなら抜きたくありませんが」
値踏みするような目をカルマがよこし、私は左手の薬指をじっと見る。わずかに湾曲するプラチナで、よく見ると細かい傷がたくさんついている。内側には結婚記念日が印字してあった。
結婚したてのころ、一日に何度もうっとりと眺めていた。あんなにうれしかったのに、今はもう邪魔でしかない。
私は無言で結婚指輪を抜き、テーブルにことりと置いた。カルマが口端をにっこりと持ち上げ、ガアコと呼ばれたコウモリが、再びギャアッと鳴いた。
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