インタクト

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 仰向けにされたわたしの上に、黒い影が覆いかぶさる。声を上げようとしたら皮の手袋をはめた手に口を塞がれた。相手の表情は相変わらず見えないけれど、鼻のあたりから、スー、ハー、と乾いた音が聞こえ、それに合わせてマスクが膨らんだり縮んだりするのが見える。不気味なほど深い呼吸だった。それに、かすかなアルコールの匂い。  相手がナイフを振り上げるのが見え、わたしはとっさに自分の口を覆う手に思い切り噛みついた。手袋を破かんばかりの勢いで噛んだのでかなりの痛みだったはずだ。相手が声にならない唸り声を上げる。その隙に相手を突き飛ばして逃げようとするがダメだった。かえって怒りを買ったらしく頬を殴られた。視界の端でナイフが光る、その瞬間だった。わたしの脳裏に、ある光景が浮かんだ。  ナイフを振りかざす、暗黒いフードの人物……。それは、言葉にするなら「デジャヴ」というのだろうか。わたしは以前にもどこかでこの光景を見た。確か、いつか見た夢の中でだ。確かその時は、この黒いフードの人物が、わたしのお腹に……。  ——熱い。  見下ろすと、「その時」と同じように、わたしのお腹から黒い棒が覗いていた。ナイフの柄だ。シャツに、じわり、と赤いものが広がっていく。わたしを刺した人物が逃げ出すように離れていった。  ひどく寒い。薄れていく意識の中で、わたしは必死に鞄の中を探った。携帯電話を取りだして、思いついた人の番号を押す。けれど、電話が繋がるまえにわたしの意識は途切れてしまった。  目が覚めると、白い天井が見えた。ぼんやりとした頭で辺りを見回してみて、病室にいるのだと気づいた。  ……何とか死なずに済んだ、らしい。 「紗綾……!」  すぐそばから泣き出しそうな声がして、見るとママがいた。わたしの手をぎゅ、と握る。反対側にはパパもいて、二人してベッドの上のわたしを覗き込んでいる。  ママに聞いたところによると、お腹を刺されたわたしは一時は危ない状態だったらしい。輸血をしてなんとか一命を取り留めたそうだ。ただ体力の消耗が激しかったようで、目が覚めたときにはあれからゆうに四日が経過していた。 「あなたを刺したのが誰か、顔は覚えてる?」 「うーん、大きなマスクをしてたから、顔はあんまりよく見えなかったけど……」
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