インタクト

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 ふしぎなもので、そう気づいたとたんに、熱さが別の感覚に姿を変える。痛い。ものすごく、痛い。生まれてから、これほど強い痛みを感じたことはない。あまりに痛いので、あんまりだ! どうしてこんなことするの!  そう言おうとしたら、わたしの口から壊れたポンプみたいな音がして、血がどっとふき出した。わたしが地面にひざをつくと同時に、ナイフがずるりと抜ける。体がぐらりと横に傾き、つめたいアスファルトがほおに触れた。刺されたところが、どくん、どくん、と波打ち、そのたびにわたしの体から血があふれ出るのを、全身で感じる。 「誰か」が、わたしの傍から去っていくのが見えた。何かおそろしいものから逃れるように、遠くに走っていく。顔を確かめようとしたけれど、目がかすんで無理だった。  寒い。ひどく寒い。たすけてと言おうとしたら、はふへへ、と間抜けな声が出た。そのくせ、血だけはたくさん流れるのだ。はふへへ、はふへへ、と繰り返しながら、わたしの意識は遠くなっていった。 「……や。……紗綾(さや)!」  はっ…と、引き戻されるようにわたしは目を覚ました。  ぼやけた視界に、白い教室の壁、そしてわたしを覗き込む友人の顔が見える。 「紗綾、起きな! 先生に怒られるよ!」  その一言で、反射的に体を起こす。あたりを見回すと、そこは朝の教室で、チャイムの鳴るさなか、皆が慌しく席につくところだった。 「あれ……、わたし、寝てた?」 「あたしが登校してきたとき、すでにグッスリだったよ。よくこんなとこで寝られるもんだ、感心するね」  友人の志乃ちゃんが、何か白いものをこちらに投げてよこした。ポケットティッシュだ。 「ヨダレ。拭いておきな」 「ああ……、ありがとう」  言われて気づいたけれど、わたしの口の端にはヨダレが滲んでいた。高校一年生にもなって、情けない。 「熟睡してたから起こさなかったけど、あんた寝ながら何か言ってたよ。いはい、とか、はふへへ、とか。どんな夢見てたの?」 「夢……なんだっけ?」  目が覚めると、ふしぎに何の夢を見ていたのか、わたしは思い出せなくなった。 「とぼけてるな、紗綾は。そんなんだと、留学生に笑われるよ」  わたしのクラスは「国際情報課」といって、語学の授業に力を入れている。その一環で、短期の留学生もよく受け入れているのだ。今日は確か、台湾からの留学生が来る予定だと先生から聞いていた。
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