インタクト

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 留学生が来る朝はいつもそうなのだが、先生は教壇につくなり「今日から受け入れる留学生を紹介する」と言った。先生が手招きすると、開け放したままの教室の扉から、先生に招かれて男の子がひとり入ってくる。  騒がしかった教室が静かになる。それは、今まで見たことのない雰囲気を持つ少年だった。一度も染めたことのないような黒髪のせいなのか、褐色の肌のせいなのか。  彫りの深い顔立ちをしている。きっかりとした二重まぶたの目、すっと筋の通った鼻梁と、いくぶん薄いけれど、ふっくらとやわらかな線を描く唇。背はさほど高くない。百六十五センチのわたしと大して変わらないように見えるが、ふしぎにすらりとした印象だった。  面白味のない制服に身を包みながらなお、彼はわたしたちの知らない「異国」を体現していた。先生が黒板に白い文字で彼の名を書く。  ——円堂蓮。 「こんにちは。ぼくは、えんどうれん、いいます。きょうからよろしくおねがいします」  口元に柔和な笑みを浮かべ、留学生は言った。風変わりなイントネーションだが、名前を聞く限り台湾人ではないようだ。 「蓮君は二ヶ月間、このクラスで過ごすことになった。彼はこの国の出身だが、ご両親の都合で長いあいだ台湾で暮らしていたそうだ。言葉を取り戻すのに時間がかかるだろうから、皆で助けてやるように。……それから、遠藤。遠藤紗綾」  急に先生に名を呼ばれ、ぎくりとする。 「何ですか」 「蓮君は英語か中国語のほうが話しやすいらしい。おまえ、どちらも得意だろう。親身になってやってくれ」 「え……」 「蓮君、彼女のうしろがきみの席だから」  振り返ると、いつの間に用意されたのか新しい机がわたしの後ろにあった。先生の言葉に従順に頷き、留学生がこちらにやってくる。にこやかな笑顔で、私に向き合った。 「はじめまして。先生から、遠藤さんはゆーしゅーだー聞いてます。よろしくおねがいしますネー」  中国語の名残を感じさせる発音で言うと、彼は右手を差し出す。わたしは帰国子女らしい積極的な彼の態度と、クラスの女子のつき刺すような視線に戸惑いながらも彼と握手した。我ながら愛想のよい顔はできなかったけれど、彼は気にもかけない様子で、にこにこした顔のまま席についた。  お昼休みになって、わたしは蓮君に学校の中を案内して回った。
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