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ここが食堂だから、お弁当を持って来ない日は、ここで食べるといいよ。というようなことを中国語で説明すると、彼は笑顔で「だいじょぶですよー」と言った。
「ぼく、こちらの言葉、ちゃんとわかります。発音はへたくそだけどねー。ぼくの勉強になるから、いつも通り話してください」
「わかった。じゃあ、食券はここで買ってね。あ、メニューには書いてないけど、おにぎりの食券に『オムライス』って書いておけばオムライスも食べれるよ」
「わーお、『裏メニュー』いうやつですね! すーばらしーい」
蓮君が無邪気に言うので、わたしはつい笑ってしまった。
「遠藤さん、笑いましたネ」
「あ、ごめん」
「ううん。笑うとかわいいです」
蓮君が笑顔でそんなことを言うものだから、わたしは少し面食らってしまった。何となくむず痒い気持ちになり、蓮君から目を逸らす。
「蓮君は、どうして留学しようと思ったの?」
「それは……」
蓮君の目がすっと細くなる。彼は美しい発音で「我是、特別來見你的」と言った。
「……え? 今なんて……」
尋ねかけたところでチャイムが鳴る。
「案内ありがとう。ぼくは教室に帰るのです」
元のにこやかな表情に戻ると、彼は歩き出した。
放課後、わたしは従姉の真実ちゃんの家に寄った。お茶を飲みながら留学生の話をすると、彼女は「紗綾ちゃんにもついにロマンス到来だね」と言った。
「ロマンス? なんでそうなるの」
「だって、その子言ったんでしょ? 紗綾ちゃんに会うためにこの国に来たんだって」
——我是、特別來見你的。
君に会うためにこの国に来た。訳すると、そうなるはずだ。
「その子、紗綾ちゃんを口説こうとしたんだよ。間違いない」
「そんなわけないじゃない」
「絶対そうだって。台湾から来たエキゾチックな美少年との恋かあ……ドラマみたいで素敵だね」
真実ちゃんがガラスのカップにお茶を注ぎながら言った。わたしにはどこで買うのか見当もつかない、いい香りのするハーブティーだ。
「無理無理。ちょっと校内を案内しただけでクラスの他の女子から睨まれるんだから、恋なんかしようものなら殺されるよ」
「へー。本当に素敵な男の子なんだね。でも、台湾かあ。いいな、わたしももう一度行ってみたいな」
三年前に結婚した真実ちゃんの新婚旅行先は、確か台湾だったと聞いている。
「いいところだった? 台湾は」
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