インタクト

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  わたしの眠りは深いほうだと思う。ママの話だと、ちいさい頃から一旦眠ると朝まで目を覚まさず、いびきもかかないし、歯ぎしりもしない子どもだったという。  そんなわたしでも、ときおり夢は見る。  昔、おさないころ、どんな夢を見たかという話を友だちとしたことがある。空を飛ぶ夢、苦手な教科のテストでなぜか満点を取る夢……。 彼らの見る夢は、たいがいの場合、脈絡がなく、現実感に欠けている。すぐに忘れてしまうような、取るに足らないものだ。子どもの場合は、なおさら。  わたしの見る夢は、ほかの人とは違っている。たとえば、ほら……今だって。  電球の切れかけた街灯の瞬き、アスファルトから立ち込める湿った匂い、はるか遠くで響く車の音。お気に入りのワンピースのやさしい着心地、二の腕や膝に当たる、夜の風の冷たさ……。いま、わたしは夢の中にいて、そしてそれを自覚しながらなお、五感のすべてで世界を感じることができた。  わたしの夢はいつだって、強烈なほどの現実感をともなって現れる。睡眠中の脳が見せる生理現象、というよりは、睡眠中に、「夢」という別の世界に移動しているような感覚に近い。  そしていま、夢のなかのわたしは、深夜の静まりかえった住宅街にいる。わたしの目の前には誰かが立っていて、その人の肌の質感や、深く被ったフードからこぼれる髪の一本一本のつやまで、くっきりと認識できる。  その「誰か」は、静かにわたしに近づいた。ふわりと、何かのにおいがする。どこかで嗅いだことのあるにおいのような気がするが、思い出せない。  ふと、お腹に熱いものを感じて見下ろした。わたしのへそのあたりから何か黒い棒のようなものがのぞいている。その根元からじわりと染みが広がって、ワンピースの布地を赤く染めた。  ……あれ、わたし、お腹を刺されている。
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