1人が本棚に入れています
本棚に追加
最後の微笑み
「ああ、良い格好ですね」
そいつは嘲るような視線で私を見た。
「本当は、こんなことをしたくはなかったのですが」
そう言って、冷たい笑みを浮かべる。
悔しくて悔しくて泣けてくるが、猿ぐつわを噛まされ手足をしばられている私には、抵抗する術がない。
とあるミッションを受け、この男に接触を試みた私だったが、相手の方が一枚も二枚も上手だった。
騙していたつもりが逆に騙され、今こうして拘束を受けている。
「残念ですよ。あなたとは、もっと違う形で出会いたかった」
私の髪を撫でながらそう言うものの、本気か冗談か分からないような口振りだ。
「そろそろ薬が効いてくるでしょう。大丈夫、苦しくはないですよ。眠るように逝けますから」
『ゲスやろう!』
そう言ったつもりだが、猿ぐつわをされた口からは「ん~っ!」といううめき声しか出ない。
そんな私を見て口元を緩めると、そいつは再び髪を撫でながら言った。
「本当に気の強い女性だ。あなたなら、他でもやっていけたでしょうに」
どういう意味だろうと思ったが、頭がぼうっとしてきて考えられない。薬とやらが効き始めたのだろうか?
ふいに、男が姿勢を屈め顔を近付た。そして、額に唇が触れる。
「おやすみ、愛しい人。覚めない夢を……」
少しずつ体の感覚が無くなっていく。
涙で霞む視界の中で、そいつは微笑みを浮かべていた。
先程までの冷たい笑みではなく、哀れ慈しむような、そんな微笑みを……。
───おわり
最初のコメントを投稿しよう!