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試着で一番いい写真を撮るためと誤魔化して、中庭でウェディングドレスを着た沙耶香の写真を撮ることにした。
腱鞘炎になるほどに縫い付けたスパンコールが朝日を受けて光を弾き、真っ白なサテンのドレスをより一層光らせていた。
レースに付けた造花のバラ。胸元にあしらったレース。なにもかもがマンガから抜け出したようで、沙耶香の美しさをより一層際立たせていた。
「うんうん。一番いいドレスを着せられたね」
玲奈は満足げに言うので、綾乃は振り返った。玲奈はばっさりと言う。
「だって、自分に発言権のないドレスを着て式を行うよりも、自分の一番着たいドレスを着て、先に終わらせてしまいたいじゃない。私たちの『結婚式』を」
それはぼんやりとした綾乃にも、それは普通の意味の結婚式ではないということがわかっていた。
学園は檻だ。教師は看守だ。
卒業してしまえば、その看守は教師から夫に変わるだけで、なにも変わらない。
綾乃はかつていなくなってしまった、被服部の少女たちのことを思い出した。
彼女たちはただ、自分たちに決定権がないまま終わらされてしまう結婚式ではなく、自分たちで決めて自分たちで行う結婚式がしたかっただけなのでは。
大事にする気は、ましてや学校の秘密として語り継がれる物語にする気は、さらさらなかったのではないか。
本当のことはなにもわからない。
ただ彼女たちには、今しかないのだから。
玲奈は沙耶香にブーケを持たせた。
「この時間、花屋は開いてなかったから、家に飾ってた花を束ねてきたの。このドレスには地味かもしれない」
「ううん、充分素敵よ。ありがとう」
ブーケの花は赤いカーネーションを、白いサテンのリボンで束ねたものだった。
写真を撮った。沙耶香の美しさを残しておくように。
沙耶香は綾乃の手を取ると、ふたりで取る。
ウェディングドレスの沙耶香の隣に、制服に頭にベールをかけただけの綾乃ではちぐはぐだが、気にすることなく、玲奈はふたりの写真を撮る。
「結婚おめでとう」
そう玲奈は明るく言うのに、ふたりは顔を見合わせて笑った。
この式は、三人だけのものだ。この式を行ったことも、既に結婚したことも、この場にいる者しか知らない、きっと子供だましにもならない行為。
大人を出し抜くこともできず、卒業したら大人になるしかない少女たちの、世界に対するささやかな抵抗だった。
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