おやすみの館

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 務めていた会社の激務を乗り越えた俺は、やっとのことでまとまった休暇を取ることができた。  せっかくの休みだからな。たまには一人旅なんてもんを洒落込んでみようと思い、ちょっと奮発して山奥にある豪華な旅館を予約してみたんだ。 「すみません、予約していた田中です」 「おやすみの館へようこそ。私は当旅館の女将を務めさせていただいております」    わぁ、女将さん若くて綺麗だなぁ。スラッとしていて着物がよく似合ってる。俺と同い年くらいかな? LI〇Eとか交換してくれないかな? してくれないよね。 「あの、まだ少し早いんですけど、チェックインってもうできますか?」 「おやすみの館へようこそ。私は当旅館の女将を務めさせていただいております」 「え? あの、それはさっき聞いたんですけど」 「おやすみの館へようこそ。私は当旅館の女将を務めさせていただいております」 「いやあんた村人Aかなんかなの!? あ、誰か来た」  女将さんの対応に俺が苛立ちを覚え始めたその時、旅館の奥から別の女性が慌てた様子で駆け寄ってきた。 「申し訳ありませんお客様!」 「ええ!? 女将さんが二人!?」  その人は女将さんとびっくりするくらい瓜二つだんたんだ。もしかして双子とか? 「ああ、それは私がフロントを離れている時に置くNPC女将です」 「NPC女将!? ロボットってこと!? そんなもの作る金があるなら人雇ってー!?」 「お客様、そんなに叫ばれては」 「あ、すみません、ご迷惑でしたね」 「ナマハゲが来ます」 「どういうこと!?」 『わりぃごはいねぇがぁ?』  なんかどこからともなく恐ろしい重低音が響いてきたー!? 「ほら」 「ほら、じゃなくて!? え? ここってそんな危なそうなナマモノが徘徊してるんですか?」 「ナマモノじゃなくてナマハゲです」 「そこはなんでもいいよ!?」  山奥だから変な動物でもいるのかな? うん、怖いから夜一人で外に出るのはやめておこう。  女将さん(本物)がぺこりと頭を下げる。   「改めましてお客様、おやすみの館へようこそいらっしゃいました。本日ご予約の……えーと、山田様?」 「田中です」 「申し訳ございません。お顔が山田っぽくてつい」 「女将さんの知り合いに俺に似てる山田くんがいるの?」 「今度会ったらぶち殺してやろうと常々思っております」 「山田くん一体なにしたの!?」 「危うく人違いでお客様を永遠におやすみさせるところでした。今後はお気をつけてくださいね」 「気をつけるのはあんただよ!? んでどこから取り出したのその包丁は!?」  いつの間にか女将さんがよく研がれた出刃包丁を握っててビビる俺。あ、アレだな。きっと厨房で刺身でも作ってたんだろうね。シェフ雇え。 「それで、チェックインはできるんですか?」 「はい、問題ありません。それではお部屋にご案内します」 「お願いします」  俺は一抹の不安を抱えながら女将さんの後についていく。気のせいかな? 他に従業員も客も見当たらないんだけど。 「お客様、当旅館は――あっ、山田このクソ野郎!!」 「うわっ危ない!?」  振り向いて俺を見た女将さんが血相を変えて包丁を突き刺してきた! なんとか反射で避けられたけど、もうちょっとで本当におやすみするところだったぞ! 「申し訳ございません、お客様。人違いでした」 「ちょっと目を離したら俺のこと忘れちゃうの!? 人違いじゃなくてもやめておこうね!?」  女将さんは何事もなかったかのようにスタスタと歩き始めた。これは確かに俺が気をつけておかないとマジで死んじゃうやーつ。 「お客様、当旅館は『静けさ』を売りにしております。お部屋の防音設備は完璧で、お客様も最高の環境でおやすみできると思いますよ」 「なるほど、だからうるさくするとナマハゲが来るんですね」 「着きました。ここがお客様が当旅館でお過ごしになられる『喧騒の間』でございます」 「名前が超うるさそう!?」 『わりぃごはいねぇがぁ?』 「すみません静かにします」  けっこう旅館の奥に来たと思ったのに、この声はどっから聞こえてくるんだ? まさか天井裏とかに潜んでないよね?  そんな感じでビクビクしながら案内された部屋に入る。奮発しただけあってなかなかに広い和室で、小さな露天風呂までついていた。女将さんはアレだけど旅館は本当にいいところだな。 「では当旅館のスケジュールをご説明させていただきます。十八時にお部屋にてお夕食。売店は二十時まで開いております。二十一時に遊技場が閉場、二十二時に唯一の吊り橋が落ち、二十三時に温泉が閉まるので入浴はお早めにお願いしますね」 「待って今さらっと『吊り橋が落ちる』とか言わなかった!?」 「午前零時に喧騒の間殺人事け――え? そんなこと言いました?」 「もっとやべー内容が聞こえたー!? 『喧騒の間』ってここですよね!? あんたやっぱり俺を永遠におやすみさせるつもりだろ!?」 「いえ違います。犯人はナマハゲです」 「ナマハゲさんに罪を被せないでー!? よくミステリーにある見立て殺人か!?」 「私にはその頃フロントにいるという完璧なアリバイがあるはずなので」 「それNPC女将でしょー!?」 「はっはっは、そんなわけないじゃないですか。落ち着いてください山田様」 「田中です!?」  バン! と机を思いっ切り叩くと、女将さんの着物の袖からなにかがポロリと転がり落ちてきた。 「申し訳ございません、携帯レコーダーを落としてしまいました」 『わりぃごはいねぇがぁ?』 「録音!?」  ナマハゲのトリック見つけてもうたー!? これあかんやつや!? このまま旅館に泊まったら女将さんに山田くんと間違えられて殺される予感しかしなーい!? 「くそっ、もうこんなところにいられるか! 俺は帰るぞ!」 「あ、お客様!」 「もう決めたんだ! 引き止めたって無駄だからな!」 「キャンセル料五百万円になります」 「なんなのこの旅館!? もうおやすみをおやすみしたーい!?」  ニコニコの笑顔で両手を差し出してくる女将さんに、俺はもう絶叫するしかなかった。
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