1話:コイツ嫌い!とわざわざニュース記事に書き込む心理は実は好きと認定する事で中傷をなぁなぁで済ます世の中。

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さかのぼる事、数週間。 もうほとんど触る事がなくなったSNSのアカウントに、前からフォローしてくれていたユーザーから突然メッセージが送られて来た。最近はずっとDMや詐欺誘導メッセージばかりだったので珍しい。 『きょうとさん、また発信などはしないんですか?』 何故そのハンドルネームにしたかもう覚えていない、きょうとという偽りの名。 「今なんも動いていない奴がこれからなんかやるかよ。察しろよ……」 客先でイビられて日々溜まった鬱憤をついパソコンの画面にぶつけてしまい、現実に返る。深呼吸し、メッセージをくれた【色のない世界】という名のユーザーのアカウントをクリックしてみる。 『普通の学生になってみた。ボッチ最高』 『昔を知る嫌な方の人間に声を掛けられるきえろー』 『ほう、また新たな流行スイーツですか。そのうち昆虫食が若い子のトレンドになりそうですな』 『ナンパされないとは言わないが、世間一般の女が言う、毎日ナンパされ毎日キャッチスカウトされ、毎日痴漢されそうになるような世界線はないと断言しよう』 ほとんど周囲から反応を得たい様子もない呟きばかりしているアカウントだが、やけに厭世的というか、変な見方をすれば『世の中を斜めから皮肉っぽく見ている自分カッコいい』系というような雰囲気だった。 多分、いくつかの投稿の文脈から学生、それと女性ユーザーであると思ったが、ネット上ではいくらでも正体を擬態出来る。少し苛立っていた事もあり、なんとなく相手してやりたいと思い返信した。 『して欲しいネタでもあるんですか?』 と返したところ、数分後に 『また前みたいに色々な闇を暴いて欲しいと思っただけ』 という返信が来た。放っておいたところ、 『気を悪くしたらすみません。私も発信を、悪意と戦う事をしたいんです。話を聞いてもらえませんか』 と、連投してきた。 何度かメッセージをやり取りをしている内、【色のない世界】という存在が気になって来た。 SNSを使い、ネットで情報を得ている、つまりその便利さを散々享受しているくせにネット社会の闇や見逃されている悪について怒る矛盾をはらんでいるあたりはまだまだ若いなと思う。 いや、そうなのだろうか。逆に、そういった矛盾を棚に上げ、自分の考えに「同意」ボタンが付けば正義となり、仕事の合間に同僚の目を盗んで犯罪者に対して平気で極刑が妥当だ!と中世のような考え方を正義だと信じて鼻息荒く書き込むのは、むしろいい歳の人間なのかもしれない。 ……分からないでもない。 自分もIT会社で働き、社内SEとして客先常駐で日々苛立つ事は蓄積されている。 海野(うんの) (りく)という名前があるのに、「SEさん」や「ねえ」と呼ばれる事もあり、成し遂げたものをしれっと正社員の手柄にされたりする事も多い。 まだ30歳手前だから社会人としては若いはず。そう言い聞かせながら続けていても、もうこの先同じ事を繰り返していつの間にか老けていくのではないかという焦燥感もある。 『多分、都内とかにお住まいですよね?ご迷惑だと思うのですが、相談事があって、近い内にお会い出来ないでしょうか』 新手の美人局というやつだろうか。相手はきちんと名乗っても来ない、恐らくは女だろうが、実際には男か女かも分からない。そんな相手からの申し出であり、あまりに唐突過ぎる。 『なぜ』 『大学で犯罪の心理とか研究していて、勉強させて頂きたくて』 犯罪の心理とか、という言い方がそもそも繕っている感じのする響きだった。普通ならそこでブロックする流れか、誠意あるやり取りならばもうしばらくメッセージの交換をする。 だが、人間というのは不思議だ。 とんでもない空虚というか、世界に自分しかいないような不安に包まれたりして息苦しくなるタイミングが突然訪れたりする。今、ちょうどその周期にやられていた。そこに追撃するように、 『それは建前で本当は鬱憤的なのを共に晴らしたく』 というメッセージが届いたので、何か自分の中でスイッチが入った。 それに、大学時代の友人が最近カフェを始めたという一報をもらっており、そのうち顔を出すつもりもあったので、そこもタイミングが良かった。 友人に予約の空きを聞き、『開店したてだけどガラガラいつでも来いむしろ毎日来い』という読みにくい返信を受けるとすぐに、【色のない世界】に承諾の返信をした。 そうして今、目の前にいる【色のない世界】は、 「はじめまして。朱音(あかね)と言います」 と名乗った。 「あの、もしかしてなんですけど、オーロラカードっていうアイドルグループの……」 若い人達に無作為に知っている女性アイドルグループの名前を聞けば5,6番手くらいに名前が挙がりそうなグループ名を口にする。 「そうです、ある理由でグループから脱退しました」 後から知ったが、その時に友人の店の有線で遠慮がちな音量で流れていた楽曲がたまたま彼女たちの曲だったそうだ。
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