6話:レンズの反対側 ―正義が牙をむく瞬間

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「人が死を選ぶ本当の理由なんて、分からないから」 「それは……そうだろうけど」 「仮に遺書なんてあっても、そこに書いてある事が全てとは限らないし、だから川崎がどうしてそうなったのか……その一番のきっかけ、それを僕らは知る事が出来ない。 最初に言ったよね、急にマスクとかして顔を隠すようになったって。今の時代にやっちゃってたらそうなるのは分かるよ、とんでもない速度で動画が拡散されるから顔を隠さないとってなる気持ちは。 でも当時はバイトテロなんていう名前もなかっただろうし、SNSも普及していない。そもそも川崎自身の顔なんて映っていないわけだし。 だけど、川崎は恐れていたんだと思う。もしかしたら、知られてしまうのではないか。そんな恐怖に震えるくらい、精神的に追い込まれていた……。 かもしれないし、もしかしたらバイト仲間が通報されてクビになって恨んで川崎を探していて、そこから隠れていたというシンプルな理由かもしれない。それくらい、分からないんだよ、そもそも死を自ら選んだかも分からない」 「……」 「レンズが向けていた先……のその反対側にいた男。その心の奥はレンズで見透かせないから」 もうだいぶ前の事だったが、あの時関わった同窓生のみんなの顔がいくつか浮かんできた。頭を思い切り掻いて声を出したくなる衝動を抑えて、コーヒーをぐっと飲んだ。その時、 「もしもーし」 頭上から突然声がした。 「あのぉ、もしかしてパパ活的な空気?」 金髪のギャルが顔をしかめながら声をかけてきた。 「いや、そういうんじゃ」 「だって真面目な顔なんだもんね。動画撮らせてよ、みたいな話してたじゃん」 「ち、違うから、その、朱音さん……」 「からかわないでよ、相談に来たんでしょ」 「えっ、じゃあ……」 右耳の本体がほとんど見えないピアスの数、剃りすぎた眉、学校のものではない感じの制服のような服装、丸みを帯びた大きすぎる靴。 「ども、死夢(しむ) 苦楽闇(くらやみ)っす」 「君がその……前にアイ・ラボで朱音さん達と揉めたグループの?」 だが、年齢不詳の少女はそれには答えず、ただドカっと椅子に座ったのだった。
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