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彼は、下級クルーなので知らないみたいだ。人工冬眠には第2フェーズがある。
もう少し体温を下げて、代謝をもっと落とせばいい。
モニターを見ていて、気づかなかった。
チャイコフスキーのおじさんがこっちを見てた。ぼく、さっき、「ちょっと待て、こいつ正気か?」みたいな顔してなかったよね……
慌ててニコリと笑い、目いっぱい子供っぽい声を出す。
「おじさん、やっぱり、かっこいい!」
あの時、無邪気に見えただろうか、そんなことを思い出しながら、今、操作板の前に着いた。
今の第1フェーズの状態で10歳以下の子10人が消費するエネルギーと第2フェーズで今生き残っている50人全員が消費するエネルギーは同じだ。
ただ、第1フェーズでは、生存率100%、第2フェーズでは、生存率90%。
10%が順応できずに死ぬ。死ぬのは高齢者だ。高齢者は死んでも仕方がないと言う意見はチャイコフスキーのおじさんと同じだ。全員を生かそうとすれば全員が死ぬ。
チャイコフスキーのおじさんは、すごく優しく、すごく冷酷だった。ぼくもそうあるべきだと思う。
「でも、大丈夫」
思わず口に出てしまった。
死亡者はゼロだと思っている。この宇宙船に、80歳以上の高齢者は乗っていない。
ぼくは、キーボードで入力し、おじさんの設定を消去し、第2フェーズへの移行を指示した。
コクピットを出て自分のカプセルに入り、人工冬眠のスイッチに右手を伸ばしたが、押すのをやめる。その手を自分の頬につけ、おじさんの暖かかった手を思い出す。
ぼくたちが今向かっているのは、みずがめ座の方角に39光年離れた恒星トラピストの周りにある惑星だ。この惑星が7つも、地球とほぼ同じ環境なのだ。全ての星に移住できる可能性がある。
移住できるか、大統領自ら赴き、ぼくがテストする。条件が合えば、一斉に移住を始める。
地球の問題は、今、蔓延しているウイルス感染症だけじゃない。それ以上に、環境汚染による食料問題の方が重要だ。だからこそ、移住という選択肢になる。
危険な仕事だと分かっている。でも、ぼくは大統領の孫だ。大統領自ら危険を冒して調査に乗り出したのだ。
ぼくは、おじいちゃんの期待に応えたい。
「チャイコフスキーのおじさん、おやすみ。さよなら……じゃないからね。また、起きたら会えるからね。チャイコフスキーさんも家族と一緒に移住できるように、ぼく、頑張るからね」
そうつぶやくと、ぼくは人工冬眠のスイッチを押した。
「おやすみ、ぼくの人工冬眠カプセル。健康管理、たのんだよ」
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