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   亡き父は立派な領主だった。この国元を栄えさせ、臣民を導く事を死の直前まで実践し続けた潔物であったと思う。  あの父の大きな手を、私は未だ慕わずにはいられない。この地にこうして帰るたび、もっと長生きして頂きたかったと胸が痛む。  母は─────………思い出すたび違った意味で胸が痛い。  父は武家の総領の常として、正室である母のほかに幾人かの側室を抱えていた。腹違いの兄弟もいたそうだがみな早逝したと聞く。  母は京都の公家の出で気位が高く、羽振りは良くとも所詮田舎侍と父を見下していた。私の事も疎んじていたように思う。父亡き後は形だけ髪を下ろし、そそくさと京都の寺に籠もった。今も年に数度の文の遣り取りをするがその多くは金の無心だ。  石高で言えば子爵か伯爵か危うい所を母の出自で家格が上がった。当主の母、伯爵の母としての体面を保てるよう決して不自由をさせてはいない筈だが、目通りすら叶わぬ母への思慕は尽きてしまったように思う。  それ故に……いや、父母に向ける情の形代ではなく、子供達に構いたいのは生まれ持った性質だ。何よりも大切にしたい。 「父上はまだお若うございます。再婚はなさらないのですか」  桐吾が隣でくくっと笑う。 「今から墓参だと言うのに無粋な事を」 「やはり尻に敷かれておいでだ」 「私よりおまえだろう。誰か好いた者はいないのか。父から頼んでやるぞ」 「私は……私の側に仕えてくれる(みな)が大好きにございますので。とても一人になど絞れません」  今度は坂下も眉尻を下げて微笑んだ。
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