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   坂下同様眉尻を下げ、溜息混じりに手渡された桐吾の遠眼鏡は漆器の如く黒い筒に螺鈿細工が施された趣味のよいもの。もう何年も桐吾が懐に収めている正しく『愛用品』だ。 「太陽を見てはいけませんよ」 「それぐらい心得ている。童扱いはよせ」 「貴方様は好奇心に溢れておられますから心配で心配で」 「肚にもない事を」  沢良木家は秋朝家がこの地に任ぜられる前から筆頭家老として仕えて来てくれた家系だが、今、本家の血を継ぐ者はこの桐吾だけとなってしまった。妻も娶らず子も儲けず……  このままにはしておけないが、当の本人がのらりくらりと躱すばかりで埒が明かない。 「またいの一番に姉上の墓参りにいらっしゃるのですか」 「伯爵夫人様だからなあ。頭が上がらんよ」 「あの姉上なら “わたくしには伯爵夫人など勤まりません” と、病と偽ってでもさっさと帝都から引き揚げてしまったに違いありませんよ」 「ああ……然も在ろう」  私が家督を継ぐと共に輿入れし、支えてくれた二才年上の妻・和鶴(かづ)は桐吾の異母姉。コロコロとよく笑う笑窪の可愛らしい(ひと)で次々と子を生んでくれた。  長男・志弦、次男・和眞、長女・和与子(かよこ)、次女・千和子(ちかこ)、そして三男・和喜(かずき)───── 『わたくしがいずれ沢山子を生みますゆえ、側室など必要ございません』 『そうかそうか。頼もしい事だ』 『今はただ、思うままに殿の成すべき道をお進み下されませ。旧い時代は終わったのですもの』
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