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   姉のように私を包んでくれた和鶴は、末子和喜の出産の際に他界した。  日本中が血生臭く殺伐とした時代の中にあってさえ、心優しくしっかり者の和鶴と愛らしい子供達との暮らしは温かいものだった。  だが、風邪も引いた事がないと健康を自負していた和鶴は、産後の床から二度と起き上がらなかった。  まだ二十九。  内戦を終え世の中は平定へ向かい、これから人としても盛りを迎えようという時に、眠ったまま旅立ってしまったのだ。  私を包んでくれた沢良木家の者達は誰も彼も───── 「…………桐吾」 「はい」 「襟巻きを整えてくれ。上手に巻けない」 「ついでにつけ髭もお直しして差し上げましょう」 「笑うとずれるんだ。痒いし剥がしたい」 「馬車にお乗りになるまでのご辛抱ですよ。出迎えの前ではおじじ殿の顔を立てて差し上げねば」 「ふふ」  桐吾が巻いてくれる襟巻きは和鶴が編んでくれたもの。  正室の作法として城内に閉じ込められ、その鬱屈を晴らすように何本も何本も。  西の丸の居室に設えた揺れ椅子に座り、私や子供達が一生困らないほどに編み続けてくれた優しい女性(ひと)。  今、丹羽の山に抱かれ海と行き交う船を眺めて眠る和鶴は、貴族然として振る舞う私を見てコロコロと笑っているだろうか。
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