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   私の後継は長子志弦ではなく次子の和眞だ。  宮内省からも許可を受け、東京では嫡男としての教育が施されている。学習院に於ける成績も我が子ながら上々だと思う。  志弦は生来の病弱さに加え、元服を迎えて間もなく胃の腑までを患い……余命幾ばくも無いと診断された。そしてその通り一年程前は一日一日を生き長らえるのがやっとのような状態だったのだ。  やむなく廃嫡とし、この地に戻って半年ほどでかなり回復してはくれたものの、この子の肚に巣食う腫瘍が消える事はないのだと言う。  が、更に半年を経てこの様子であれば東京に戻って先端の医療を施してやれるのではなかろうか。肚を開き腫瘍を取り除く手術も成功例が随分増えたと聞く。  だが成功したとして、一度体にメスを入れると術前より弱る事もあると聞いた。再発も珍しくなく、その度にこの子の体を切り刻まれるかと思うと……私は逡巡するばかりだ。 「そろそろ女子(おなご)の衣装を脱いでもよろしいですか。髪も男子らしく短く切りとうございます」 「二十歳まで、午前を女子の衣装で過ごす事は和鶴(はは)がおまえの息災を願って始めた魔除けだ。父に違える事は出来んよ」 「未だ母上の尻に敷かれておいでなのですね」  悪戯めいて笑う頬にはくっきりとした笑窪。童の頃からこれだけは変わらない。その白い頬を指先で撫でると、志弦はまたくすくすと笑う。 「おまえの笑窪は母譲り……愛おしく思っているよ」 「父上は相も変わらず歯の浮くようなお言葉ばかり」 「そうかな」 「そうです。叔父上は呆れ坂下は照れているではございませんか」 「慣れておろう」  桐吾も坂下も苦笑いだが、私や志弦を見詰める目差しが嬉しい。嘗ては主君と目線を合わせる事は不敬とされたが、時代は変わったのだ。目と目を合わせ、心を通わせ、共に歩んでいると信じられる。何と頼り甲斐のある事か。
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