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1.子犬みたいにブルブル震えろ
昨晩、傷が酷い箇所には湿布を貼ったのだが激しい痛みはちっとも和らいでいない。甘酸っぱいお酒のような匂いが鼻を刺す。クヌギやコナラの木が自分についた傷を修復するために出している樹液が発酵した結果、このようなアルコール臭を放つようになるらしい。
樹木は生き残るために傷を癒す方法を見つけているというのに、人間の自分は傷を癒す方法をどんなに考えても思いつかない。癒すどころか傷を増やす一方で情けない。でも俺だって本当は行きたくないし今すぐ帰りたいんだ、と長間風哉は泣きそうになりながら胸の内で呟く。しかし、とうとう永遠に着きたくない目的地に到着してしまい、既に三人の男が待ち構えていた。
「おい遅ぇぞ!!」
その内の一人──赤西裕平は風哉の存在に気づくや否や、荒々しく怒鳴りながら詰め寄ってきた。笑ってはいけないと分かっていながら、変わらないなと呆れてつい口元が緩んでしまう。当然、目の前に立っている裕平はすぐに気づいて「テメェ!!」と声を荒げた。
「何笑ってんだよ!? 反省してねぇだろ!!」
「反省? そんなに遅かった? 早い方じゃない?」
「早くねぇよ遅刻だ!!」
風哉は十五歳の誕生日に父親がプレゼントしてくれたお気に入りの腕時計で時刻を確認する。
「裕平に電話で呼び出されてから五分経過」
頑張って明るい口調で言いつつ裕平に視線を戻す。
「ほらめっちゃ早い! 五分でできるカップ焼きそばがちょうど出来上がる時間だよ」
「うぜぇ、一分で来い一分で! いつも遅ぇんだよ!!」
「一分? それは無理っしょ!」
風哉があははと笑っていると、「余裕ぶってんじゃねーよ」と裕平が低く呟いた。
「えっ?」
「前々から思ってたけどよ、ここに到着してから俺たちが帰るまで何でずっと余裕ぶるんだよ……。もっと怯えろ。子犬みたいにブルブル震えろ。本当はわざと遅刻するぐらいここに来たくねぇし今だって逃げ出したいくらい怖いんだろ? そういう弱いところを前面に出せよ」
こちらが負の感情を必死に覆い隠していることをあちらは気づいているだろう。予想済みだったが、まさか裕平から言われるとは思いもしなかったので動揺して固まる。最悪のタイミングで痛いところを突いてくるのは、決まって野澤遥輝だった。それなのにどうして裕平が。
「……何言ってんの? 裕平」
何とか笑おうとしたが上手く笑えずに引き攣ってしまう。
「おかしなこと言わないでよ。もしかして俺と一緒で裕平も夏バテ? 俺は裕平たちの前でブルブル震えたりしないよ。怖いんだろ? 怖いって感じる訳ないじゃんか。今日もいつものように楽しいゲームをするんでしょ? 待ちきれないから早く始めようよ」
風哉がそう言うと裕平はニヤリと意地の悪い笑みを向けてきた。今の発言が嘘だと気づいて愚かで可哀想だと見下しているのか、それとも声の震えを抑えきれていないことが面白いのか。両方かもしれない。
「ねぇねぇふうちゃん」
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