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自分の役割
俺は遠ざかっていく二人の姿を見送っている。その姿はどんどん小さくなっていく……
リューセイが言っていたように、先週の戦いで我が軍は大きな戦果を収めたものの、その代償として我々もこの戦役始まって以来の損害を受けた。
転生者にも初めて死者が出た…… これまで俺達転生者は、なんとなく『人間族の手助けをしている』そんな気持ちがあったように思う。
しかし、先週の戦い以降、俺達転生者の意識は大きく変わっていった。
仲間の仇を討とうと、一層戦意を高めた者。こんなはずではなかったと、戦場に来たことを後悔し始めた者……
二人の青年の姿が、どんどん小さくなっていく。
ひょっとしたら、もう二度と会えなくなるのでは……
不安が俺の心を支配する。
これは単なる杞憂に過ぎないのか?
いや違う。先週の戦いでも、返ってこなかったヤツがいたじゃないか!
心臓が何かに押し潰されるのではないかと思うほど痛くて苦しい……
俺が行くべきだ! どうせ死ぬんなら俺みたいな年寄りから先に死ねばいいじゃないか!
頭で考えたわけじゃない。体が勝手に二人の後を追おうとしたその瞬間——
「カイセイ殿、どこに行くつもりだ?」
背後からカーセル卿の声が聞こえ我に返った。
「カイセイ殿…… 私にも貴殿の気持ちはわかるつもりだ。私とて多くの若い我が国の兵士や住民を死地に向かわせている。それでも、人にはそれぞれ自分の役割があると私は信じている。カイセイ殿、どうか貴殿にも貴殿にしか出来ない役割を全うして欲しい」
その通りだと思った。カーセル卿の言うことは多くの人が賛同する意見だと思う。もし、今俺が前線に飛び出したとしても、俺のちっぽけな正義感が満たされるだけで、人間族軍にとってなんの利益もない。いやもっと言うならば、返って味方の足を引っ張ることになるだろう。俺を守るために大勢の同胞の命が散ってしまうことが目に見えてるじゃないか!
俺は大きく息を吸った。
「何を言ってるんです、カーセル卿? 俺はただ、自分のスキル『人物鑑定』が使える距離を見定めようと思っただけですよ? やっぱり、もう少し敵に近づかないと、残念ながら使えませんね」
「ふふっ、そうであったか。カイセイ殿、前を見るのも大いに結構だが、少しは周りも見て下されよ」
そう言うと、カーセル卿は本陣に置かれた椅子にどっしりと腰を据えた。
カーセル卿の言葉に従い、俺は自分の周囲を眺めてみると…… そこには俺の命令を待つ、我が部下達の不安そうな顔があった。
軍内において、俺にはもう一つ肩書きがあった。それは『第101独立小隊小隊長』というものだ。少ないながらも俺には部下がいるのだ。
はっきり言って、この小隊は俺の身を守るために作られた、言ってみれば俺の護衛団とでもいうべき代物だ。
しかしながら、彼ら彼女らは、本気で自分の命と引き換えにしてでも、俺を守るという使命を全うしようとしている者達である。
まったく俺は…… 本当に自分のことばっかりだな。俺は今ここで、俺にしか出来ない自分の役割を果たさねばならない。心からそう思った。俺は大きく息を吸い込み、そして言葉を放つ。
「これより命令を伝える! 今回、魔人族四天王クラスはあの城郭の中にはいないようだ。ただし、敵は上級魔人族ばかりとは言え、その中にネームドがいる可能性はある」
ネームド。それはレベルという数字だけでは計れない、経験という力を持つ歴戦の猛者達。
「もし、敵にネームドがいると思しき兆候が見られた場合、直ちに俺の『人物鑑定』スキルが使用できる距離まで前進する。それまで各自、臨戦態勢で待機せよ!」
部下達の気合のこもった返事が丘の周囲にこだまする。俺はもう一度大きく息を吸い込んだ。そして——
「まあ、心配すんな。今日も俺達の勝ちにチゲーねえさ。前線で誰が手柄を立てるか、ここからしっかり見とけよ。この戦争が終わったら、ソイツにたんまり奢ってもらおうぜ!」
今度は部下達の笑い声が丘の上の雲に向かって響き渡った。
これでいい。さあ、次が最後の仕事だ。これで今、俺がここでやるべき仕事が全て終わる。最後にもう一度大きく息を吸い込み、そして——
俺は声高らかに叫ぶ。
「女神様のご威光を!!!」
「「「「「女神様のご威光を!!!」」」」」
我が愛すべき部下達も、俺に負けじと大きく声を張り上げた。それはまるで、天界の女神様に届けとばかり、天高く大空の果てまで響き渡った。
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