一章 始まり~エピナールの村

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 メルリアが十歳の時に見た不思議な花がある。その花は形は百合に似ているが、花は手のひらに収まるほど小さい。朝になっても花は蕾んだままだが、時間になると真っ白な花を咲かせる。ロバータとメルリアがその花に触れると、ぼんやりと白く光った。魔力を持たない二人は、まるで自分たちが魔法使いにでもなったかのように思えた。花を白く輝かせては、ロバータと顔を見合わせくすりと笑っていた。  メルリアが花の存在を思い出し、もう一度見たいと思った時には、ロバータは病気を患っていた。ロバータが唯一の家族だったメルリアは、日毎にロバータの見舞いにと病院へ通う。「退院したら、二人であの花を探しに行こう」――メルリアはそう言ってロバータを励ましたが、ついにその約束が叶うことはなくなった。  しかし、メルリアは約束を諦めなかった。ロバータの友人であるタバサ夫妻の食堂で、三年間働き旅の資金を集める。手がかりらしいものは自分の頭の中にある花の記憶だけ。その記憶を頼りに、一からあの花を探すことを決めたのだった。  木々のアーチをくぐり抜け、「ベラミントの村」と太い文字で記された看板を見つめた。  行ってきます――メルリアは心の中でロバータへとつぶやく。メルリアは五年ぶりにベラミントの村を抜けると、街道へと足を踏み入れた。  街道には様々な人物が行き交っている。荷馬車で積み荷を運ぶ男、巨大なリュックを背負い、地図を見ながら周囲を見回す旅の男。そんな中、地面に四角い影が映り込んだ。子供の笑い声が頭上から聞こえる。その姿を追おうと顔を上げると、長方形の物体が地上から五メートル上を飛んでいた。動物や荷台を使わずに自身の魔力で物体を移動させる魔術士の運び屋だ。珍しいな。メルリアは顔を上げ、人を乗せた絨毯が遠ざかる様を目で追う。この国――ヴィリディアンでは運び屋の数が多くなく、利用料も決して安くはないため、庶民には普及していない。まだまだ街道の利用率が圧倒的に高い状態である。メルリアは、はしゃぐ子供の笑い声を聞きながら、自然と笑顔になっていた。吹き抜ける風がどこか穏やかに感じる。  すると、目の前を歩く茶髪の男と目が合った。男はメルリアに気づくと、持っていた地図を握りしめ、すみませんと駆け寄ってくる。メルリアは立ち止まった。 「ベラミントの村って、こっちであってますか」
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