夢職人

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 閑寂な部屋に機械の無感情な駆動音が唸りを上げる。モニターに一筋の光が走り、パッと画面に色が放たれた。音楽は機械の音だけ。画面の縁がぼやけて見えるため、どこか遠い向こう側を見ているような感覚になる。  レールの上を蒸気機関車が空へ登っていく。真下には蒼茫たる青銀色の海が光を反射し、薄っぺらい雲は手が届きそうな所に浮かんでいる。ジェットコースターが急激に加速し、海がどんどん近づいて来る。車輪が海面の水を跳ねのけている。キラキラ光る水しぶきから虹が伸びて、また消える。車窓から顔を出すと夏風がめいっぱい迎えてくれて、髪が跳ね、視界が広がる。  場面が切り替わった。唐突に森のうっそうとした茂みに足が付く。ライフルを持っていた。周りには銀の杖を持つローブ姿の者、剣を構える者、多くの冒険者の姿がある。誰かが警告を促した途端、ズシン。大きく森が揺れ、森を抱くように舞い降りたドラゴンが現れる。さあ、戦いを始めよう。  その瞬間モニターが音を立てて真っ暗画面に戻った。夢から覚めたらしい。  「今日も最後まで見れなかったか」  夢職人は内心しょんぼりと肩を落とした。この所ずっとそうなのだ。まだ夢は始まったばかりと言うのに、パッタリ目を覚ましてしまう。前は紙芝居を二、三種類描いてもまだ起きなかった。黒い画面が訪れても、また一定時間経つと夢を見始める。  金の腕時計に目をやると、【起】と【眠】の文字の間を時針が行ったり来たりしている。分針や秒針は無い。あるのは時針だけ。【夢】が一番上にあり、【起】と【眠】は直線状にある。三つを結べば丁度正三角形ができる形だ。  本来なら、起きれば【起】の文字ピッタリに時針が合い、少しずつ【眠】に向かっていく。だが、最近は【起】と【眠】の間をひっきりなしに動き続ける。これではいつ夢を見始めるかわからない。突然【夢】に時針があった時などは以前作った紙芝居を映すのだが、またすぐに目覚める。その繰り返しだ。  夢職人は軽いため息とともに機械から吐き出された紙芝居を手に作業机に戻った。一度使った紙芝居は、お便りと一緒に冊子にして棚に並べる。もう一度使うときは冊子をほどいて紙芝居の方だけを取り出して機械に持って行くのだ。作られた思い出冊子には、感じた痛みや、温もりが詰まっている。夢職人が絵を描くと絵が動き出すのと同じように、お便りは書いた者の意志が宿り、生きている。  夢職人はお便りが届くまでの間を1人で思い出冊子を広げ、温かい思い出に包まれて過ごした。  夢見が悪い日が続いた数日後の事。夢職人の元に見知らぬ黒いお便りが一通だけ届いた。その日届いたお便りは黒いお便りだけで、他の場所からは何も送られては来なかった。夢を見る時間ギリギリまで待っても何も来ない。仕方なく夢職人は黒いお便りを広げて読んでみた。送ったのは、【心】だった。  「パパもママも、きっと皆だって僕の事が嫌いなんだ。大嫌いに違いない」  お便りはそれだけだった。  夢職人は眉間にしわを寄せて唸った。これでは夢が作れない。それに、何故そう思うのかがわからなかった。思い出冊子には、父と母から受けた愛で満たされている。遊園地にも行ったし、動物園にも行った。ライオンが怖いと言うと、父は少し不細工なライオンのぬいぐるみを買ってきて「ボク、怖くないよ。一緒に遊ぼうよ」と優しく言ってくれた。うっかりお皿を割ってしまった時、母は血相を変えて「怪我は無い? 大丈夫?」と心底心配してくれた。
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