夢職人

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 夢職人は届いた便りをどうすれば良いのか困ってしまった。夢までもう時間が無い。急いで厚紙を取り出し、色鉛筆を持った。けれど、良い絵が描けない。いつもはスラスラと描けるのに、何も思いつかない。  止む無く夢職人は前に作った思い出冊子からなるべく今日の思いに近い紙芝居を取り出してモニターの部屋に向かった。機械に紙芝居を入れる。いつも通り、一枚ずつ機械が紙芝居を取り込んでいく……はずだった。  まるで逆再生をしているみたいに機械が紙芝居を吐き出していく。まだモニターには何も映っていないにも関わらず。夢職人がなんど紙芝居を入れても機械は一度痙攣するように震えると紙芝居を吐き出してくる。別の夢も試してみたが、以前描いた紙芝居はことごとく拒否された。  「どうなってるんだ。故障か? しっかりしろ!」  拳を叩きつけても機械は反応しない。モニターの画面も黒いまま。  お便りの通りに描け。そう言われているのだと夢職人は受け取った。そして、苛立った足取りで引き返し、ソファーチェアにドカンと腰を押し付けて腕組みをした。  「たった二文でどう描けって言うんだ」  黒いお便りを見るが、やはり思いつくことは何も無かった。  次の日、やっぱりお便りは一通だけしか届かなかった。昨日と同じ、【心】から来た黒いお便りだけだ。  「僕を産まなければ、きっとパパもママも自由に過ごせたはずなんだ。だから話を聞いてくれないんだ」  「違う! そうじゃない! 何なんだ急に!」  夢職人は生意気な文面ごと床に叩きつけた。お便りは薄い。夢職人が思いきり投げつけてもすぐに失速し、ゆらりと床に舞い落ちる。産まれたことが幸せか、産まれない方が幸せだったか。そんなものは親と同じ年を生き抜いてから考えるべきなのだ。自分のせいで親を不幸にしたならば、幸せにさせるための力を付けていけばいい。産まれてしまったのなら、生きぬく責任を誰しも負うのだ。育てる責任も然りだ。  夢職人は顔を真っ赤にして便りに対し怒鳴りつけた。返事が無いのが余計に腹立たしい。誰も聞いているはずはないのに。  黒い便りはその次の日も、毎日一通ずつ送られてきた。毎日毎日卑屈な文を読まされ、機械も前の紙芝居を受け付けない。筆ものらない。  夢職人は六十一通にも及ぶ黒いお便りを眼前にとうとうやけくそに紙芝居を作り始めた。その頃には、夢職人の部屋にも影響が出始めていた。柔らかかったソファーチェアはカチコチに固まってしまい、虹色の花もすっかりくたびれてしまった。床は乾燥したようにひび割れ、本棚も瞬く間に劣化した。黒いお便りに綴られた【心】のように廃れた作業部屋はもう勘弁だ。  夢職人はささくれを起こす作業机と弱々しく点滅を繰り返すデスクランプに更に鬱憤を募らせながら紙芝居を描いた。厚紙に赤黒い水彩絵の具を引っ繰り返し、その上から父と母を描いた。影のように黒く描くと、優しい笑顔も不気味なものへ様変わりした。  どんなにつまらない紙芝居でも、夢職人が描けば命が吹き込まれて、動き出す。ホラー映画さながらの悪夢が完成した。ただ両親が自分に向かってくるだけの夢だ。  機械に入れると、耳障りな音を鳴らして紙芝居を読み込んだ。久々の夢だというのに、楽しくも無く、達成感もない。モニターが映像を映しても黒い画面と変り映えはしなかった。耳障りな高音も続いている。これが自分の描いた物だと思うと夢職人は見ていられなかった。  夢職人はそれでも描き続けた。それが仕事なのだと自覚していたからだ。いつしか夢職人も黒い便りに浸食されて、すさんだ紙芝居に慣れてしまった。日増しに夢職人の作業環境も荒れていく。虹の花は植木鉢と色がほとんど同じになってしまい見分けにくくなった。本棚もボロボロで、作業机も辛うじて立っているだけの状態だ。
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