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「そんなことねーって。歌、うまいじゃん」
李音のソプラノボイスは、誰にも負けない。男声合唱部の中では無論ずば抜けたソプラノで、女子のソプラノと同等かそれ以上の高音を出す。
彼のその天から与えられたような歌声を聞くたびに、羨望と少しの嫉妬、それから言葉に言い表せない気持ちが湧き上がる。
俺は──彼の歌声に“恋”をし、また、彼自身にも恋をした。
だが、その想いがバレる前、李音は高二の秋、転校してしまった。
ある意味その想いを伝える前に、目の前からいなくなってよかった。
この捻じ曲がっている恋がバレたら、迷惑をかけてしまうだろう。
「ありがと。有斗の低音、好きだった」
『好き』と言われ、一瞬息が詰まった。
慌てて笑みを浮かべた。
「サンキュ」
俺は名前の通りアルトパートだったのだ。
李音を直視出来ず濁ったコーヒーに目を落とす。
ねぇ、と李音が身を乗り出したので顔を上げた。
「有斗は最近歌わない?」
「あー、歌わねぇな」
元合唱部だったのにな、と肩をすくめた。
一般大学の音楽学系だった。実技と言うより音楽の歴史などを探究する学部だった。
音大に行けるほどの実力もないので、その道を選んだのだ。
「李音は?」
「たまにかな。でも歌うってより聴くほうが多い」
李音は音大のビジネス系に進んだ。レコーディング技術などを学んでいたらしい。
らしい、というのは李音が転校してからは、なかな連絡を取らなくなったので、直接はよく分からないからだ。
音大に進んだ、というのは風の噂で聞いた程度だが、あながち間違いではないようだ。現にレコード会社に就職しているのだから。
こうして彼に会うのは実に約五年ぶりだ。
「有斗に再会できて良かった」
「びっくりしたよ。まさか、李音だと思わなかったから」
歌の話から離れて再び出会いに戻る。
昔からそうだった。李音との会話はあっちこっちに飛んでいく。振り回されるがそれが楽しかった。
二週間前、偶然俺の勤める楽器店に李音が来た。あの時は本当に息が止まった。まさか、李音に会えるとは思わなかったから。
「一発で分かったよ、僕。五年ぶりでもすぐ有斗だ! って」
「俺もだよ。李音の事忘れるわけねーって」
「……ごめんね」
「なんで?」
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