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「有斗このあとまだ暇?」
ココアを飲み切って李音はそう言った。
あぁ、と頷いた。
「今日はずっと暇」
「せっかくだから、カラオケ行かない?」
「いいな。確かその辺にあっただろ」
「あるよ」
じゃあ決まりだな、と言って俺もコーヒーを飲み切った。
*
案内された狭い個室に入った。
初めて行くカラオケボックスだが、李音が安いし曲も多い、と言っていたので間違いないだろう。
「どっち先歌う?」
「李音でいいよ。俺、李音の歌聞きたい」
「分かった」
手慣れたように李音はデンモクを操った。
聞く方が多い、と言っていたがたまにカラオケに来ているのかもしれない
そして、ディスプレーに表示されたのは……
「懐かしいな、『marry』」
高一の最初の、女声合唱部との共演曲だった。年に二回ほど他校の女声合唱部と共演するのだ。
歌詞が甘く、歌っているとき背中が妙にムズムズしたのを覚えている。
うん、と李音はうなずいて、それは透き通った声で歌い出した。
『初めて会った時から 君が好きなのです。率直に言うのは恥ずかしいけれど 抑えられないのです』
ゆったりとしたメロディーに美しい李音の歌声に俺は身を委ねた。
李音の歌声は唯一無二のもので数年ぶりに聴け、自然と笑みが溢れる。
間奏に入る。李音は少しジュースを飲んだ。
『周りの友だちは、彼氏自慢。結婚さえしているのです。
でも、私にはできないのです。
数年前の彼が好きだから。あの恋を超えるものは一生ないのです』
なんだか……俺とちょっと似てる。
俺はちょっと苦笑した。乙女の歌詞に重ねるなんて……
そして二番のサビに突入した──
『この恋は叶わない。 不器用な恋なのです。 でもこの声が届くまでいいます。 有斗が好きなのです。 I want you…… I want you 』
思い出した。『I want you 』のパートを昔、李音は一人で歌った。
李音のソロパートで体育館に彼の綺麗な高音が響き渡り、ゾワっと鳥肌が立った。
ふわふわする。それが俺の感想だった。
本来『君』と歌う場所で名前を呼ばれた。
「有斗。ひかれるかもしれないけど……」
李音は握り締めていたマイクをそっと置いた。
「僕はね……ずっと、ずっと……有斗が好きです」
ドキン、と鼓動が跳ねた。
『初めまして、僕 堀田李音。君は?』
『有斗、今度遊ぼうよ』
『有斗の低音好きだなぁ』
『ごめんね有斗。バイバイ』
高校時代の李音が蘇る。
屈託なく笑って俺と一緒にいたがって……
初めは変なやつと思っていたが、歌声を聞いたり、過ごすことで徐々に惹かれていった。
けれど……ずっと封印していた。
迷惑をかけたくなくて。
でも……そっと胸に手を当てた。
解放、してもいいよな。
震える手でデンモクを操作した。
『marry』のカップリング曲。
『Me too』
画面にそう表示されると李音はクシャリと笑みを浮かべた。
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