夕立の攻防

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 スニーカーの中に水が溜まっていて、気持ち悪い。早く脱ぎたいと思いながらマンションの共用階段を登る。歩く度に湿った音と共に雨水が階段に散っている。  築30年のマンションにエレベーターはないが、2階に住んでいるので不便さはない。建物自体も5階建てだ。  駅から徒歩20分弱という立地と築年数もあるので、この地区の物件と比べると賃貸料が安かったので、選んだ物件だ。普段はバスや自転車を使っているので然程不便さは感じていない。 だが歩きとなると、やはり徒歩20分は遠い。近くにスーパーはあるが、今日は二人だったので散歩がてら駅前まで買い物に行ってしまったのが裏目に出た。  築年数としては古いがリノベーション物件なので、共用部の古めかしさに比べ内装はきれいなものだ。  階段から4部屋進んだ突き当たりの角部屋のチャイムを鳴らす前に、ドアが空いた。 「香川」  傘を2つ持った三田村が玄関から出てきた。迎えに来てくれるつもりだったようだ。 「うわ、びちょ濡れだな、早く入れよ」 「うん」  自然と伸びた手はオレから荷物を取り上げ、ドアを大きく広げてくれた。  小さな玄関でスニーカーを脱ぎ、ついでに靴下も脱ぐ。 「タオル、そこに置いてある」 「ありがと、洗濯物大丈夫だった?」 「うん、そんなに濡れてなかったよ」  それは良かった。  シューズラックの上にクリーム色のタオルがあったので、まず顔を拭く。 「はぁ……疲れた」 「そのままシャワー浴びちゃお、風邪ひいたら困る」 「うん」  言われるままに短い廊下を進む。廊下にはぽたぽたと水滴、後で拭いておかねば。 半透明のガラスが嵌まった引き戸を開ければ三田村も脱衣場に入ってきた。 脱衣場には洗面台と反対側の壁に洗濯機、正面には風呂場だ。 「あ、着替え」 「それはいいから、脱いじゃえよ」 「じゃあ、入ってくるから着替え置いといて」 「いや、オレも入るし」 「は?」 「一緒に入っちゃった方がいいだろ、早く脱いじゃえよ」 「何で一緒になんだよ、じゃあ、お前からでいいよ、オレ後にするよ」  引き戸の前に立っている三田村を押し退けようとしたが、びくともしない。オレは標準サイズだが、相手は自動販売機だ。体格差が恨めしい。 「狭いだろ」 「大丈夫だって、早く入ろう体冷えるよ」 「いいよ、お前からで」  何故かオレのティーシャツを脱がそうとしているので、三田村の腕を掴んで拒む。 「濡れてるの着てると風邪ひくって」 「自分で脱げる」 「じゃあ、一緒にはいろ」 「はー?やだって……狭いだろ……」  脱がすのを諦めた代わりに自らの服を脱ぎ始めた三田村。風呂場もだが、脱衣場だって広くはない。だけど、三田村はそんな事は気にならないとばかりに服を脱いでいく。 「脱がないの?脱がせてほしい?」 「ほしくない」 「いや、まじで風邪ひくから……」  ふざけながら言っていればこのまま脱衣場から出ていくのに、三田村ときたら心配そうな顔と声で言うので強くも言えない。それに濡れた肌が冷えだしているのだろう、腕をさすればひんやりとしていた。 「恥ずかしいの?」 「……」 「セックスしてるのに?裸になるのが?」 「別に恥ずかしくねーし、お前がへんな事しないかと思って……」 「へんな事はしないから、ほら、脱いで」 「……」  パンツ一丁になった三田村は着ていた物を背後の洗濯機に放り込んだ。 「……へんな事すんなよ……」 「しないってば」  呆れたような顔で呟いてため息をつかれてしまった。仕方なくオレは着ていた物を脱ぎ始める。 「先に入ってるぞ」  このまま出てくるのを待つという手もあるが、風邪をひいてもバカらしい。信じた訳でもないが、こんな昼間からというのもないだろう。オレはそんな風に思いながら着ていた物を洗濯機の中に放った。
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