夕立の攻防

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 午前中に行っておけばよかった、なんて思っても後の祭だ。オレは両手に荷物を提げながら大粒の雨に打たれ走った。  夕立で煙る歩道は、皆避難済みなのか人影がない。  ばしゃばしゃと音を立て走っているので、靴もジーパンもその都度大量に雨水を吸い込む。  でも、あとちょっと。次の交差点を曲がれば目指すマンションは直ぐだ。  三田村は無事ミッションをこなせただろうか。先程別れた恋人に思いを馳せた。  今からおよそ10分前の事。  スーパーで買い物を済ませたオレと三田村は、二人で住むマンションまでの帰り道を歩いていた。  家を出る時は快晴だったが、帰りは雲行きが怪しくなっていた。陰り始めた空に嫌な予感はしていたが、まだ大丈夫だろうとドラッグストアーに寄ってしまった。今考えればそれが敗因だ。  一緒に住み始めたのは去年の冬。半年以上経つのでこの生活にも慣れた。付き合い始めて1年と少し、だけど友達としては7年程になる。人となりを知るには十分と言えるだろう。  買い出しに出るのは大体週末、足りない物はその都度買うけど週末まとめて買う事の方が多い。  なのでオレの両手にはトイレットペーパーと食品の入ったエコバッグがぶら提がっている。三田村もエコバッグとやや重めの日用品の入ったビニール袋。 重いのは三田村が持つ、と決めている訳ではないがいつも先に持たれるので、オレはその好意を有り難く受ける事にしていた。 「こういう時、車あると便利だよなー」  洗剤1個でいいって言ったのに特売だからと大きめのを2個買うから重いんだろ、とは突っ込まずオレは同意とばかりに頷いた。 「まぁなー、ってお前免許……大学の時に取ったっけ……?あ、合宿免許?なんか行ってたな」 「そう、行って取った、ほぼ乗ってないからペーパーだけど」 「……オレは時々仕事で乗るけど……」 という事はオレに運転させる気だな。  免許は高校3年の冬休みから上京するまでに取った。都内ではどうか知らんけど、田舎では高校3年冬休みとか進路決まって直ぐに自動車学校に通い出す者が多い。車がないと不便な土地故だ。 「車、買うか?」 「いや、そんなに必要性感じないんだけど……」 「あれば便利じゃね?」  お前そんなに貯金あるのかよ?と言いたい。大体維持費や駐車場代も考えたら毎月結構な出費になる。  車買うなら新しいパソコンが欲しいし、前のアパートから持ってきた洗濯機を処分し新しいドラム式のが欲しい。 「あればな、だけど、維持費だって掛かるし今はいいよ」 「んー、そっか、ドライブ楽しそうだなーって」 「……そうだな……」  ドライブ、という単語に心惹かれない訳ではない。  運転席にいたら車のCMみたいでカッコいいのに。隣を歩く三田村は10人が10人イケメンと言いそうな男だ。  自動販売機と同等の長身、ティーシャツから覗く腕には程よく筋肉がついていて、オレの腕がより貧相に見える。  オレは体格も顔も至って普通。モブといえばモブだ。三田村の隣に並んぶと見劣りしかしないが、あまり気にした事はない。  出会った頃は、このイケメンに劣等感を抱く事があった、でも今はそんな事はない。いつからだかはよく覚えてないし、理由も分からないけど。 「……あ」  頬にぽつりと濡れた感触。 「あ?」 「……雨……降ってきた?」 「そうか?」 「うん」  オレは立ち止まり、曇天を扇いだ。  額に、頬に次々と雨粒が当たる。 「ほんとだ」  隣の三田村も同じように顔を上げる。  ぽつぽつがざーざーに変わるのに、大して時間は掛からなかった。 「やばい、洗濯物干しっぱだ!」 「あー……そうだったな、早く帰らないと……」  傘なんてない。だから濡れ始めた頭も服も気にしていられない、兎に角オレ達は足を動かした。  歩道を歩いていた人達も同じように一目散に建物の中に入ったり、走り出したりしている。中には持ち合わせていた傘をさす人もちらほらいる。用意がいいな。  そういえば『午後は不安定な天気なので折り畳み傘を持って出るといい』と天気予報で言ってた。今更だが。 「三田村」 「ん?あ、わり、早かったか?」 「違くて、お前、先に帰れ」 「は?」  二歩先を走っていた三田村は怪訝そうな顔で足を緩め、隣に並んだ。 「お前だけのが早いだろ、洗濯物やばいから、早く行ってくれ、あ、トイレットペーパーとそっちのビニール袋交換しよ」 「いや、いいって、一緒に帰るよ」 「は?いいから、洗濯物濡れる方が嫌だって、折角大きいもの洗ったのに、いいから、行けって」  オレは三田村にトイレットペーパーを押し付け、右手に持っているビニール袋を奪い取った。  こんなやり取りをしている間にも、オレ達はずぶ濡れ一歩手前な程に濡れている。 「おい」 「いいから、帰ったらシャワー浴びちゃうし、あと、アイスもお前が持ってるだろ、溶けるから早く行けって」  既に息の上がり始めたオレに対し、三田村はまだ余裕がありそうだ。オレに合わせていては布団がずぶ濡れになってしまう。 「アイスはドライアイス入れてるし平気だって」 「まぁいいから、ほら」 「……分かったよ、お前も早く帰って来いよ」 「うん」
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