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記憶、それは錯覚?
「え、えっと、あの、」
キモい? え、キモいって言ったのか?
いきなり向けられた言葉の意図が読めなくて、思わず考え込んでしまう。すると、奏は上目遣いに僕を見つめながら、もしもーし、と呼び掛けてきた。
「しゅーちゃんしゅーちゃん、聞こえてる? もしかして引きこもりしてる間にお耳まで退化しちゃったの?」
ノックしてくる手の甲が僕の胸に触れたのに思わずドキッとしながらも、それでもやはり向けられる言葉を信じられずにいた。
幼い頃の奏は人見知りで甘えん坊で、何をするにも僕の後ろをついて回るようなやつだった。元々はただの近所の子に過ぎなかったのだが、寂しがり屋で臆病な奏をひとりにするのが心配で一緒にいるうちに懐かれて、いつしかふたり一緒にいるのが当たり前のようになっていたのだ。
けれど、奏のお父さんが転勤になり、それについていく形で離ればなれになってしまった――その別れ際にしたのが、結婚の約束だったのだ。
『またあえたら、奏をしゅーちゃんのおよめさんにしてくれる?』
もちろん僕は頷いた。もう離れず一緒にいられるように、きっとお嫁さんにする、と。そのときの嬉しそうな泣き笑いを、僕は忘れず胸に抱えてきた――それが僕にとって生きる希望のようなものだったから。
けど、そんな奏がここまで変わっているなんて!
「どうしたのその顔、ちょっと鏡見る? 犯罪者みたいな顔になってるよ?」
クスクスと笑いながら僕を見上げてくるその眼差しからは、『お嫁さん』なんて約束は想像できなくて。本当にそこにいるのが奏なのか、僕には正直わからなかった。
「ねぇ聞こえてる? もーしもーし! ……つまんないなぁ、もう行こ」
やがて、混乱したままの僕を置いて奏は通りの向こうにいたらしい友達のところに駆けて行った。何やら『どうしたの?』『何あれ?』などという、奏の身を案じるような声が聞こえたような気がして、居たたまれなくなった僕はその場を後にした。
夏の日差しが、目を突き刺すようだった。
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