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対面、それは必然?
奏の変貌ぶりに落ち込むこともあったけど、そんな僕を癒してくれるもの……それはSNSや掲示板でのレスバだった。レスバ――レスバトルというのは簡単に言えば、おかしなことを言っている相手を見つけてそれを論破する行為で、理屈の通らないこともまかり通ってしまう現実とは違う、文字で接するからこそできる新しい議論の形とも言える……と僕は思っている。
普段ならマジョリティとか同調圧力とかそういうものに掻き消されてしまう正論だって、ネット上ならほぼ一対一で戦わせることができる――たまに相手の囲いじみたやつらがヤジを飛ばしてくることもあるが、そいつらに甘えた時点で相手の敗けだ。わりと明快に、きっちりとおかしなことを言う相手をやり込められるのが、いいところだ。
その日も、クラスの中心にいる男子が使っているアカウントを監視していたところだった。こいつは何かと言い間違いが多かったり、僕ですら知っているくらいに有名な芸能人とかが発言していると疑いもせず便乗したり、とにかく根拠のない綺麗事じみた投稿をしていたり、叩けばどころかすれ違っただけで埃が舞うような内容ばかりで、粗が見つかりやすいやつだった。
こういうやつはちょっと言葉遣いを変えて論拠のなさを突いてやれば、すぐに音を上げる。最初はまだ僕に反論しようと頑張っていたが、今じゃすっかり弱腰だ。ちょっと突っついてやったらすぐブロックしてくる――そんなのしたって無駄だってわかんないかなぁ?
大体誰なのか特定できるこいつの仲間のアカウントから「●●を虐めて楽しいか」なんて言われることもあるが、別に虐めてるわけじゃないし。僕はただ根拠のない、ただインフルエンサーに振り回されてるだけの言葉を振りかざしているやつに現実ってものを教えてやってるだけなんだ。もし僕も納得するしかないような正論を持ってきてくれれば僕だって大人しく引き下がってやるっていうのにさ。
「……ってしゅーちゃん言ってたから、連れてきたよ」
僕が幼い頃から同じ家に住んでいると知った奏がやって来たのは、そういうレスバに精を出そうとしているときだった。突然僕の家を訪ねてきた奏は、驚いたような感動したような「あらぁ~!」で出迎える母に、そつなくという表現がしっくりくるほど流暢な挨拶をして、男連れで入って来た。
その男は、僕のクラスメイト。件の、レスバで叩きのめしている相手だったのだ。
「あれ、もしかしてウラッターで絡んできてる……えっと、くろはねむそう?って沢木なの?」
黒翅夢想だ! なんなら僕のハンドルネームは『黒翅夢想議長』だ! ちゃんと略さず呼べ、ちゃんと!
……なんて、いくら心のなかで思ったとしても実際に言えるわけなんてなくて。そんな僕を見て、奏はどこか楽しそうだ。
「かなが『言いたいことあるんだって』って言うから来たんだけど。どした、言ってみ?」
……かな?
“かな”ってまさか奏のこと? え、こいつ奏のこと“かな”って呼んでるのか、え? 奏とこいつとの距離の近さに戸惑ったが、それよりも、それよりも。
「ねぇねぇ、しゅーちゃん?」
奏がどこか期待したような顔でこちらを見てくるのが気になってたまらなかった。何なんだその笑顔は、こんなときに昔みたいに笑うのはやめてくれ……!
「ほら、いつもみたいにさ♪」
「あ……あの、ちょっと、えっ、と……。そういうんじゃ、いや、だから……」
その後、どうやっても対面したクラスメイトに対して何もいうことができなくて、呆れたようにそいつと奏が帰る、その最後。
「ねぇ、しゅーちゃん?」
「……え、」
「もっと前見なよ、人と話すとき。スマホ見てるんじゃないんだし」
「……うぅ、」
早速顔を見られない。
奏がどんな顔をしてるのかすら、僕にはわからなかった――そして。
「あと、お部屋入ってからずっと言いたかったんだけど……たまに窓開けた方がいいかもよ?」
「え?」
急にまるで違う話題を振られて、わけもわからず顔を上げると、どこかニヤついた顔の奏が僕をじっと見ていて。
「ティッシュはぁ、妊娠しないんだよ?」
耳元に顔を寄せて、笑いを堪えるようにそう囁く声に、脊髄反射のように首筋が粟立って。次にその言葉の意味がわかって、一気に顔が熱くなって。
奏が出たあと、僕は早速窓を開けた。
うだるような夏の空気が、全身にまとわりつくようで、本当に息苦しかった。
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