第五章 先生と牛タン定食

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第五章 先生と牛タン定食

 少し静かな時間が流れた後に、つつじさんが語り始めた。 「あなたの名前を聞いた時に、なんだか懐かしい感じがしたの。だから追い出せなかった」  言われてみれば確かに、と、みはるは思った。取材という大義名分があるとは言っても、店に通い、閉店間際まで居た。普通なら追い出されても当然なのに、一週間も追い出される事はなく、通い続けていたのだから。 「それでだったんですね。考えてみればおかしな話ですよね。……、つつじさん、いえ、天音先生、私、あの作品が本当に好きでファンレター一生懸命書いたんです。だから返事が返ってきた時は本当にうれしくて」  みはるの答えにつつじさんは、 「ありがとう。うれしいわ」 「ところで、あの、思い出したんですけど、続編の予定があったのに描かれ無かったですよね。結局、打ち切りか何かで……」 「あなたって色々すぐ聞きたがるののね……、いいわ。教えてあげる、けど」 「けど!?」 「今まで冷たくしてたお詫び込みではあるんだけど、良かったら、閉店してからになるけど、夕ご飯食べていかない? それからゆっくりお話したいの」 「ええっ!? いいんですか?」 「いいのよ。旦那は今日遅くなるみたいだし、ゆっくりお話したいなと思って」 「はい、それじゃあ、ごちそうになります」 ――閉店後  つつじさんとみはるは2階に上がって、テーブルのに向かい合って座った。 「出来合いのものを温めただけなんだけど、仙台と言ったらこれでしょう」  ふたりの前には、麦飯と牛タンとテールスープ。  品数は少ないが一つ一つが輝きを放ち、口に運ぶと調和を奏でる、仙台名物、牛タン定食だ。 「ありがとうございます。私、こういう形で牛タンを食べるの初めてです」 「それはどこで食べたの?」 「牛丼屋さんで食べました。新聞部の打ち上げで。ちょっと硬かったけど、美味しかった」 「それもいいけど、これはまた違うわよ」  みはるは牛タンを口に運ぶ。 「何これ、すごくやわらかい!」  噛みごたえがあるのに柔らかな肉が口の中でまるで溶けていくような感覚が広がる。肉の味が口の中に広がってとても美味しい。 「でしょ。本場のは柔らかくて食べやすいの。麦ご飯とよく合うし、そうそう、そこのテールスープも飲んでみて」  牛タンの味が口に残る中、スープを少し飲んでみた。透明なスープの上にわずかに脂が乗り、中に入っている牛の骨でしっかりダシが取られていてコクのある美味しさだ。 「これ、すごく美味しいです。気に入りました!」 「ふふ、ありがとう」  麦ご飯は箸休めでありながらもしっかりとした味を感じ、牛タンとテールスープに実によく合う。二人ともほどなく完食したのだった。 「ごちそうさまでした! すごく美味しかったです!」 「ありがとう。それじゃ、少し休んで、お話しようかしら」  つつじさんは食事を片付けると、ゆっくりと過去のことを話し始めました。
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