始まりの

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始まりの

この春、私は64歳になった。 それを機会に..と言う事でもないが定年を前に仕事を辞めた。 理由は..まあ色々ある。 でもどれか一つをと言われたなら..そうだ..な.. あいつとの約束を思い出したから..かもしれない。 あいつに初めて会ったのは私が4 歳か5歳の頃だった。 子供のころの私は少し‥いやかなり変わった子供だった。 家庭環境にも問題はあったし、家も裕福とは言えなかった。 母は家の近くで焼き鳥屋とスナックを経営し、父は小さな工務店を経営していた。 そう聞けば金回りの良い家に思われるかもしれないが、母の店の客は主に近所の人たちで支払いは『付け』と呼ばれる月払い。 父の会社に至っては大手の下請けや孫請けが主な取引先で、報酬は3ヶ月から半年先にしか現金が受け取れない『手形払い』ばかり。 数少ない社員に支払う給料の為に自分は出稼ぎに県外に出る事もあったため、夜になると一人で過ごすのが私の日課だった。 夕方4時ころに母が作った夕食を食べ、5時には布団に寝かされる。 「いい、誰が来ても玄関は開けないでね。 お母さん少ししたら様子を見に帰ってくるから、いい子でねんねするのよ」 母はそう私に言うと部屋の明かりを消して仕事に出かける。 満腹になった私はすぐに眠りに付いた。 夜の10時ころ、母は言葉通りに一度私の様子を見る為と、焼き鳥屋の肉を補充する為に家に戻ってきた。 母の気配で目覚めた私はトイレを済ませ母にだっこをねだる。 布団に戻った私の胸を母の手がトントンと軽くたたくリズムで安心して又眠るのだった。
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