結婚

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結婚は人生の墓場だろうか? ある人はそうだといい、ある人はそうでも無いという。 人それぞれなのは分かるけど、自分の問題としては、分からないっていうのが今の感じかな。 この前、何処かの工場のフェンスの上で鳩が交尾しているのを見た。ほんと、鳩のそれって一瞬なのね。 それで、終わったかと思うと、多分オスの方だと思うけど、少し離れた林の中に一直線で飛んで行って、それから木の枝を咥えて一直線で戻ってきたの。そしてまた、一直線で林の方に飛んで行き、また枝を咥えて帰ってきた。何回も何回も繰り返している。  巣作りだと思うけど、交尾してすぐ家作りとは。 結婚って結局子作り子育てが基本なのかもね。 「それで。彼氏とはどうなったの?」京子は美奈子に言った。 「別に。でも、結婚してもいいかなと思ってる。」 「好きなんじゃないの?」 「好きだけどさ、結婚となると、ちょっと引くよね。でも。」 「でも、何?」 「出来ちゃったの。」 「はー?」 「・・・・・」 「じゃ、仕方ないか。下ろしたりしないの?」 「彼が、絶対ダメだっていうの。自然に反してるって。」 「そうかもね。自然の性欲で出来ちゃったら、自然に産むのが無難かも。」 「無難かな。」 「結局、そんなもんだよ、結婚って。勢いで、エイ、ヤッとね。」 「なんか、夢がないよね。」 「夢じゃ食っていけません。」 「そうだよね。」 もっと幼いころは、綺麗な花嫁さんに憧れていた。きっと、夢のような幸せが待っていると思っていた。シンデレラのお話やネズミの嫁入りのお話が好きだった。理想と現実。 キリスト教のとある宗派の会合に、ひょんなことから参加したことがあるけど、その時に信者の女性が、婚前交渉を否定し、結婚してからの楽しみとして残しておくべきだと語っていた。それも一理あると思ったけど、なんかあまりにもコントロールされすぎているようで気に入らなかった。私は宗教は信じないほうだし。キリスト教って、あんまり好きになれない。好き嫌いじゃないのかもしれないけど。私は自分しか信じない。いや、自分の好きなことしかしない。感情?みたいなものが私の基準。 彼と、そうなったのも自然の流れ。 まって。じゃ、自然ってなに? 私は、私の意志じゃない何かに操られているの? 自然って言うと何だか響きがいいけど、結局生物としての何かに操られているのかしら。 ドーキンスの言うように、遺伝子の乗り物なのかしら、私は。 何だか分からないけど、嫌だな。 私のお腹には小さな命が宿っている。 その命を育てるために私の体と心は催眠術にかかってしまう。 思っても見なかった愛情という魔法にかけられて操られていく。 でも、多分、私は生まれてこの方、結局死ぬまで操られるわけだ。自分の意志だと思ってたことも、何かに操られている。 だとすれば、いっそ、そいつに服従して奴隷になるか。そのほうが、多分、幸福だろう。 だけど、それも癪に触る。 私は私のはずだ。そいつも含めて私? フロイトの言うイド? 京子と美奈子は夜が明けるまでおしゃべりをして過ごした。今の仕事のこと、友達のこと、彼氏のこと、家族のこと、巷のニュースのこと。 夏の朝は早く来る。外はすっかり明るくなり、鳥のさえずりが眠気を誘う。 美奈子は決心をした。 たとえ何者かに操られているにせよ、自分はそれも含めて自分なわけだから、やっぱり思うようにしよう。少なくとも今の時点で一番いいと思うことをしよう。そうすれば、たとえ失敗をしても、悔いはないだろう。 朝日がまぶしく当たる丘の上の家の窓から覗く世界はいつにも増して爽やかだった。
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