その4

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その4

Y公園で発生した事件をきっかけに、かあさんとぼくは休日ごとにデートに出かけるようになった。 入籍したての頃は、時間を作ってデートに行くことができなかった。 だから、ふたりの想い出をいっぱい作ると決めた。 一緒に映画鑑賞を楽しんだり、まちなか広場(ほんからどんどん)やオシャレなレストランなどで食事をしたり、キスケワオ(カラオケボックス)でふたりが大好きなお歌をたくさん歌った… 松前のエミフル(フジグラン)で水着を買ったあと五色姫海浜公園のビーチへ行って、水遊びを楽しんだ… しまなみ海道を越えて、山陽地方へ足を伸ばした。 倉敷の美観地区の古い街並みの通りおててつないで一緒に歩いた… 広島のパルコでショッピングを楽しんだ… ぼくとかあさんは、ふたりのラブメモリーをいっぱい作った。 また時は流れて… 12月24日のことであった。 待ちに待ったクリスマスイブがやって来た。 クリスマスイブの夜は、かあさんと二人きりで甘い時間を過ごす予定である。 この時、会社は1年の総決算の書類を作るなどでバタバタしていた。 クリスマスイブの日も、書類の作成や売り上げ高の計算などのお仕事がたくさんあった。 ぼくは、いつも以上にお仕事をがんばった。 夕方頃、ぼくはかあさんを迎えにパン屋さんへ行った。 この時、ぼくはすごくしんどい表情を浮かべていた。 パン屋さんのご主人さまは、そんなぼくを見てすごく心配になった。 「たっくん大丈夫?」 「はい、大丈夫です。」 「どうもすみません…たっくん、一緒に帰ろう。」 ぼくの表情がいつもと違うことに気がついたかあさんは、無理をしているのではないのかと心配になった。 そんな中で、ふたりは部屋に帰ってきた。 すごく疲れていたぼくは、先にお風呂に入ることにした。 お風呂に入った後は、かあさんと二人でクリスマスイブの甘いひとときを過ごす予定である。 それから90分後のことであった。 ぼくはまだ、お風呂に入っていた。 ひどく心配になったかあさんは、お風呂場へ行った。 そしたら… 「キャッ、たっくん!!」 ぼくは、浴槽の中でおぼれていた。 「かあさん…苦しいよ…」 大変だ… かあさんは、急いで近所の人たちに助けを求めに行った。 「大変!!たっくんがお風呂でおぼれているわ!!大急ぎで助けてください!!」 かあさんは、となりの住人に助けを求めた。 「こりゃいかん…」 となりの部屋のご主人と息子さんが、浴室にかけつけた。 ご主人と息子さんは、浴槽の中でおぼれているぼくを助けた。 「たみおさん、しっかりしてください!!」 「たみおさん!!」 救助されたぼくは、意識を失って死の淵をさまよっていた。 意識を失ったぼくは、救急車で県病院に救急搬送された。 救急搬送口にて… ぼくは、痛々しい状態でストレッチャーに載せられていた。 ぼくの口には、酸素マスクが装着されている。 心拍数も血圧も… 異常な数値で… きわめて危険な状態におかれた。 ぼくは… このまま死ぬのかな… そんなんイヤや… 医師の診断の結果、浴室の温度の急変によって、血圧が急上昇した… それが原因で、脳細胞がいかれた。 それに伴って、意識を失ったあと浴槽の中でおぼれた…と言うことだ。 医師は、厳しい言葉でかあさんに言うた。 「今夜が峠でしょう。」 医師から厳しい言葉で言われたかあさんは、ひどく悲しんだ。 ぼくは、集中治療室のベッドに横たわっている。 痛々しい姿のぼくをみたかあさんは、くすんくすんと泣きじゃくった。 「たっくん…たっくん死なないで…」 この時、ぼくの両親とかあさんの兄夫婦が病院に駆けつけた。 「友泉(ゆうみ)。」 「兄さん…」 「たみおさんは?」 「今夜が峠だと…先生から宣告されたわ。」 「まさか。」 「たみお。」 「ああ…心配だわ。」 ぼくの両親も、痛々しい姿のぼくを心配した。 それから6時間後に、急患の患者さんが救急車で運ばれてきた。 この時、急患の患者さんが集中治療室を使用することになった。 ぼくは、5階の個室の病棟へ移された。 パン屋さんのご主人さま夫婦も、知らせを聞いて県病院にかけつけた。 「たみおさん。」 「たみおさん。」 「友泉(ゆうみ)のパート先のご主人さま。」 「たみおさんが、お風呂場で倒れたって、本当ですか?」 「ええ。」 おくさまは、こう言うた。 「たみおさん、すごく顔色がおかしかったわ…だいぶ無理していたみたいね。」 かあさんの兄夫婦は、ひどくとまどった。 寒い時期の入浴中の事故の話は、テレビの情報番組で何度も見た。 冬場の入浴中の事故の原因は、血圧の急激な変化など複数の原因があると聞いた。 まさか… 30前のぼくが… 入浴中の事故に遭うなんて… 神さま… ぼくはまだ… 死にたくないよぉ… ところ変わって、入院病棟のロビーにて… かあさんは、くすんくすんと泣きじゃくっていた。 「たっくん、死なないで…たっくん、死なないで…たっくんが死んだら…かあさん…生きて行けない…くすんくすんくすんくすんくすんくすんくすんくすん…くすんくすんくすんくすんくすんくすんくすんくすん…」 かあさんの言葉を聞いたぼくの母は、おたついた声で言うた。 「かあさんって…たみおのかあさんは、アタシよ…どうしてなの!?」 「やめろ!!」 「だって、おかしいわよ!!」 「落ち着け!!」 ぼくの父は、母を怒鳴りつけた。 「まあまあ、お母さま、落ち着いてください。」 かあさんの兄夫婦が両親をなだめた。 「落ち着いてなんか、いられないわよ!!」 母は、ひどく動揺した声でかあさんの兄夫婦に言うた。 「結婚したのに、お嫁さんをかあさんと呼ぶなんて…どういうことよ!!」 母は、どうすることもできずに激しく泣いた。 クリスマスの日の朝であった。 この日は、未明から白い雪が降っていた。 それによって、辺り一面が雪景色に染まった。 かあさんの兄夫婦とぼくの両親は入院病棟のロビーでお話をした。 「友泉(ゆうみ)は、200回お見合いをしたけど、断られてばかりいた…12年前、友泉は『アタシもう、結婚なんかイヤ!!』と言うて、結婚から目をそむけた…それからしばらくして、友泉(ゆうみ)は松山の結婚相談の店に入会をした…かれこれ5年前だった…」 「友泉(ゆうみ)さんがたみおと出会ったきっかけは?」 「今村さんのご厚意で出会って、すぐに結婚しました。」 「そうでしたか…」 「たみおが、友泉(ゆうみ)さんのことを、かあさんと呼ぶのは?」 「たみおさんは、子供の時にさみしい想いをなされていたと想います。」 「たしかに、私たち夫婦は何かと忙しかった…」 かあさんの義姉は、ぼくの母に言うた。 「たみおさんのお母さまは、たみおさんが赤ちゃんの時、または小さいときに、母親に甘えた形跡は?」 「なかったと想います…たみおは、初乳は与えたけど…それ以降…お乳を与えていません…」 かあさんの義姉は、母に怒った声で言うた。 「どうしておちちを与えなかったのですか!?どうしてたみおさんにひどいことをしたのですか!?」 母は、激しく泣いた。 父は『後悔しても、今さら遅い!!』と言うて泣いた。 さて、その頃であった。 意識を失っているぼくは、夢を見ていた。 辺り一面雪景色… 誰もいない雪原であった。 5歳のぼくが泣いている。 「たっくん…たっくん。」 かあさんが、ぼくを呼んでいる… かあさんは、両手を広げておいでと呼んだ。 「かあさーん!!」 5歳のぼくは、かあさんの大きな乳房(むね)に飛び込んだあと、声をあげて泣いた。 「たっくん、どうしたの?」 「ぼく…かあさんをずっと探していたのだよ…ひとりぼっちで心細かったんだよ。」 「ごめんね…ごめんねたっくん…よしよし…」 5歳のぼくは、かあさんのふくよかな乳房に抱きついて泣いた。 このあと、かあさんとおててをつないで雪原をかけめぐった。 「たっくん…」 「かあさーん…」 「たっくん…たっくん…」 しばらくして… 「あれ、かあさーん…かあさーん…」 かあさんがいなくなっちゃった… どこに行ったの… ぼくは、病室のベッドで目ざめた。 「たっくん…たっくん大丈夫?」 「かあさん。」 ぼくは、うつろな声で言うた。 「あれ…ぼくは…どうしてここに…」 「たっくん、夕べ浴槽の中でおぼれていたのよ…」 「ええ!!ホンマに!?」 「となりの住人の皆様に引き上げられた時…たっくんは危なかったのよ。」 そうだった… かあさんは、ぼくの胸にしがみついてくすんくすんと泣いた。 「くすんくすんくすんくすんくすんくすん…くすんくすんくすんくすん…たっくん…たっくんごめんね。」 かあさんは、泣きながらぼくに言うた。 「Y公園で見知らぬ男に犯されそうになった時…たっくんは無我夢中になってかあさんを助けた…なのに…きちんとお礼を言えなかった…たっくんに甘えてばかりいて、たっくんを困らせた…ごめんね…ごめんね…ごめんね…たっくん…」 ぼくは、かあさんを胸にギュッと抱きしめた。 「今度は…ぼくがかあさんを抱きしめてあげる…」 ぼくの胸に抱かれているかあさんは、泣きながら言うた。 「たっくん…友泉…たっくんがいなくなったら…生きて行けない…」 かあさんは、ぼくが寝ているベッドに入った。 病室の入り口のドアノブには絶対安静の札が下げられている。 ドアの鍵は、かかっている。 かあさんは、ぼくが着ているパジャマの上着を脱がした。 そして、はだかになった胸に抱きついて甘えた。 「たっくん…好きよ…」 かあさんは、安心した表情で甘えている。 ぼくは、かあさんに結婚できてよかったと伝えた。 「ぼく、かあさんと会えてよかった…ありがとう。」 「友泉も、たっくんと会えてよかった…」 「かあさん…ううん…友泉…」 ぼくは、かあさんを『友泉』と呼んだ。 かあさんは、切ない声でぼくを呼んだ。 「たっくん。」 「友泉。」 「たっくん。」 「友泉。」 「たっくん。」 「友泉。」 「たっくん。」 「友泉…愛してる…愛してる…」 「ああ…たっくん…」 ぼくは、くちびるを友泉のくちびるにゆっくりと近づけた。 友泉は、ぼくのくちびるに舌を差し出した。 ぼくも、友泉に舌を差し出した。 ぼくと友泉は、激しく舌をからませた。 たっくんに甘えてばかりいたことが原因で… たっくんが悲しい思いをした… お礼を言いそびれてごめんね… そして、ありがとう… たっくん… 友泉… たっくんに会えてよかった… たっくん… 大好きよ… そして、半年後… 友泉とぼくは、アパートを出てぼくの実家で暮らしていた。 朝の出勤時であった。 玄関にて… ダークブラックのスーツ姿のぼくは、ソワソワした様子で友泉を待っている。 「友泉(ゆうみ)さん、早くしなさい。たみおが待っているわよ。」 母は、せわしい声で奥の部屋にいる友泉を呼んだ。 奥の部屋から出てきた友泉は、ブラウスをどっちにしようか迷っている。 「友泉。」 友泉は、グレーのフィットネスブラとネイビーの女の子ジーンズ姿であった。 「ねえたっくん、どっちがいい?グレーのフィットネスブラの上に着るブラウス、白と黄色のどっちがいい?」 「そうだね。」 ぼくは、黄色のブラウスを選んだ。 友泉は、黄色のブラウスをフィットネスブラの上からはおって、ボタンをつけた。 そして… 「お待たせ。」 「友泉さん、たみおを待たせちゃダメでしょ…」 「すみません…ごめんねたっくん…友泉と一緒におててをつないで行こうね。」 友泉とぼくはおててをつないだ。 友泉の右肩によりそっているぼくは、スリスリしながら甘えている。 「たっくん…かわいい…」 友泉は、甘えん坊さんのぼくの左肩によりそっている。 ラブラブモードの友泉とぼくを見た母は、やきもちをやいている。
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