夜空に満ちる

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夜空に満ちる

 道脇に車を停めた僕は、妹が車から出たのを見計らって鍵をかけた。エアコンで温まっていた車内とは違い、外は凍てつくような寒さだ。はあ、と息を吐くと、僅かに視界に白が混じる。 「六花、寒くない?」 「平気」  僕の問いかけに、少し間を置いてから、妹はつぶやいた。  ……うまくいくだろうか。不安に思うけれど、やってみる以外の道はない。  妹に手を差し出すと、また少し間を置いてから、僕の手を握る。外にいた時間は僕と大差ないはずなのに、妹の手は冷たくなっていた。  風が吹く。ざわざわと木々が揺れる。葉が擦れる音が、広がるように響いた。顔を上げると、葉の間から暗い星空が見える。昼間は雲が空を覆い、星が見えるかどうか不安だったけれど、上手くいなくなってくれたみたいだ。  果たして六花は覚えてくれているだろうか? 不安と期待で、鼓動が早くなる。それでも、僕は平然を装った。 「六花、見て。星が綺麗だよ」  手は繋いだまま、空いている方の手で空を指差す。次に何を言おうか考えるよりも先に、口が動いていた。 「今日は月も見えないし、いい観測日和だ」  言い終わった後に初めて、それがあの時の父親の言葉だったことに気付く。一音一句間違えることなく、それをそのまま口にしていた事実に驚いた。そして自分が、その言葉を父と変わらぬ口調で言っていた事にも。  ――僕達の両親は、五年前に死んでいる。交通事故だった。両親が二人で出かけている帰りに。突然のことだった。それからというものの、そのショックからか六花は笑わなくなってしまった。以前よりも口数が減り、会話もずいぶん減ってしまった。本人に気持ちを整理するための時間が必要だと分かってはいるけれど、僕は六花に笑ってほしい。前みたいにたくさん話もしたい。いや、それができなくても、せめて六花が今どう思っているのかは知っておきたい。  そう思って行動をしたのが、去年の秋。家族で一緒に行った遊園地、水族館、映画館、ショッピングモール……。十を越える場所を巡ってはみたものの、これといって六花が反応する事はなかった。話しかけてくれることも、笑ってくれることさえも。これ以上思いつく場所がない。  どうしようかと必死に悩み、なんとか思い出せたのがこの場所だ。あの事故がある二週間前に、家族で来た場所。あの時も、今日と同じように月と雲のない夜だった。
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