夜空に満ちる

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 また沈黙が続く。六花から返事はない。何を考えているのだろう。記憶には残っているだろうか。六花をちらりと見ると、いつの間にか六花も星空を眺めていた。僕もまた、顔を上げて夜空を仰いだ。  再び風が吹く。今度のは結構強い。冷えた体に、冬の夜風は冷たく突き刺さった。痛いかどうかギリギリのところ。ふと、視界の端に何か動くものが見えたような気がする。もしかして流れ星かもしれない。六花にその事を話そうとした時、六花が僕の手を強く握る。 「お兄ちゃん」  久しぶりに聞いた、僕を呼ぶ小さな声。どうしたの、と六花を見て問いかける。妹は星空を見ているままだった。けれどしばらくして、僕に視線を合わせる。 「懐かしいね」  そう言うと、六花は目を細めて笑った。その言葉に、僕は頷く。ここを覚えてくれた事に安堵すると同時に、六花が話しかけてくれた事が嬉しくて仕方なかった。六花の優しい声色と同じように、「そうだね」と僕も言葉を返した。  六花は再び空を仰ぐ。それにつられて、僕も星空を眺めた。無限に続くかのような黒に、細々と、けれど決して途絶えない光が点々と輝いている。 「お父さんが帰りに買ってくれたコーヒー、苦くて飲めないけど、好きだった。お母さんとね、『また来ようね』って話するのも、好きだったんだよ」 「うん」 「お兄ちゃん、いつもすぐ車の中で寝ちゃって、わたし、寂しかったよ」 「そうだっけか。ごめんね」  他愛もない、あの頃の話が続く。真っ黒な空と、きらきらと輝く星が視界の中で滲んだ。星空に、あの時の記憶が浮かび上がったような……。六花があの頃を話してくれる度、僕の目の前の空には、なくなってしまった両親の顔が浮かんでいた。 「ねえ、お兄ちゃん」 「ん?」  視線を落とし、六花を見る。六花はまだ、星空を眺めたままだった。数拍置いてから、六花は口を開く。 「お父さんとお母さん、 死んじゃったんだね」  即答はできなかった。頭の中が、きちんと整理できていなかったから。  父さんと母さんが死んだ後。通夜、葬式、火葬。誰に何を話しかけられても、六花は黙っていた。親戚や両親の知り合いに話しかけられた言葉も、お経も、むせび泣く声も、六花はまだ、あの時は受け入れられていなかったのかもしれない。受け入れてくれたら、前に進んでくれるかもしれない。また前みたいに、笑ってくれるかもしれない。
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