君の物語になりたい

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 彼女が愛したスノードロップ。この花には古くからの言い伝えがある。  大昔のこと。神様がこの世界を作ったとき、花にはたくさんの種類があれど、それらは全て深い緑色をしていたという。  花たちは、神様にお願いをした。自分たちの個性を持ちたいから、私たちに緑以外の色を与えてくださいと。  神様はその願いを叶えてあげようと、持っていた魔法の絵の具を使って、花たちがそれぞれ望む色をつけてあげた。そして花たちは神様に与えられたそれぞれの色で咲き誇った。世界が色に溢れた瞬間だ。  色とりどりに咲く花を羨ましがったのは、まだ色を与えられていなかった雪だった。雪は自分も花のようにと、神様にお願いをした。  どうか私にも色を与えて下さい、と。  でもその願いは叶わなかった。なぜなら神様は、全ての絵の具を使い切ってしまっていたからだ。  神様は雪に言った。もう全ての色を使ってしまった。だから、花たちに色を分けてもらうといい。  それを聞いた雪は花のところに行って、私にも色を分けて欲しいとお願いをした。  でも。どの花も、その美しい色を雪に分け与えようとはしなかったのだ。  雪は悲しみに暮れて、泣きながら過ごした。流れる涙でさえ、それは色のない透明で。誰にも気づかれることなく、ただそこに在るだけの雪。雪はどこまでも冷たくなっていった。  そんな時だった。野原の片隅で、ひっそりと咲いていたスノードロップが雪を見つけて、話しかけたのだ。  ──私の色で良ければ、あなたに分け与えましょう。  雪はその言葉を聞いて、泣きながら喜んだ。雪はスノードロップに近づくと、その清らかな「白」を分けてもらったのだ。  雪はスノードロップに深く感謝して、そしてある約束をする。  あなたの心遣いは未来永劫、忘れません。  私は決して、あなたの上には積もらない。  春一番に咲く花は、これからずっとあなたです。  だから雪は白くなった。その白は約束の色。  スノードロップが春一番に咲く、約束の白だ。 「……だからね、私はスノードロップが好きなんだ。きっと、花の中で一番優しい。私もスノードロップみたいに優しく生きたいんだ」  記憶の中で、いつも彼女は優しく笑っている。そう、僕の記憶の中で。  現実の彼女は深い深い眠りについてしまった。もう目覚めることは二度とない、それくらい深い眠りに。  願わくばその眠りが、彼女にとって安らかであらんことを。僕は切に願う。    ────────────────  彼女がいなくなってしまった世界は、神話のころに戻ってしまったみたいで。そこに色を感じることは、もうできなかった。  いつもの病室に彼女がいない。あるのは無機質なベッドと、そして日の当たる窓際に移動していたスノードロップ。その鉢の下に、小さなメモが挟まっていた。 『私は雪で、キミはスノードロップ。私に色を分け与えてくれて、本当にありがとう』  たったそれだけのメッセージ。彼女らしい、温かみを感じる文字。僕はそれを手に取ると、代わりにいつものノートを鉢植えの下に置いた。    そのノートには例の小説が書かれている。彼女がスノードロップをほしいとねだった、その続きだ。  花を彼女に贈り、彼女はそれを心から喜んでくれる。とても愛おしそうに、彼女は清らかな白を愛でる。  だけど、その続きをここで語ることはしない。誰にも語るつもりはない。なぜならあの小説は、僕が彼女のためだけに書いた物語だからだ。  彼女は残した。彼女が雪で、僕がスノードロップだと。でも違う、それはどう考えたって逆だ。  僕が雪で、彼女がスノードロップ。  たった二ヶ月だけの付き合いだったけど。彼女は確かに、無色だった僕に色をくれたのだ。白という確かに存在する色を、分け与えてくれたのだ。  だから僕は、決して彼女の上には積もらない。  彼女のことを、思い出として覆い隠すつもりはない。それは彼女との約束。  だから、忘れることなんてできるはずがない。  誰もいない病室の窓を開ける。吹き込んでくるのは、悲しいくらいに清々しい春の風。眼下に咲く桜は陽の光を受けて真っ白に見える。  やっぱり、春の色は「白」だ。誰がなんと言おうと、約束の「白」に他ならない。僕はそう思う。  これからも僕は、彼女と共に生きていく。不器用な未来予想図を描きながら、彼女と実現させるはずだった未来をひとりで生きていく。  それこそが、彼女がここに居た証となる。だから僕は、これからも君と一緒に生きて。そして。  ──君の物語になりたい。 【終】
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