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些細な変化
「ナノハ先生よお、恰好良かっただろう? どうだ嫁にならんか? 今なら断らんぞ俺は」
試合が終わってからも、やたらと私と常盤様の家にチカさんがやってくる。
まあ交流試合は殊のほか楽しかったようで、定期的に開催する事になったと黒須さんが言っていたのだが、別にウチに来なくても良かろう。何と言っても洋華国の国王だぞこの人。
常盤様も眉間にシワが寄って来る度に機嫌が悪くなるのだが、どうも国王なだけあってそういった忖度は一切ない。
「それにしても常……朱鷺の作る飯は美味いなあ。この大根の煮たの、お代わりくれねえか?」
そして常盤様のご飯を褒めちぎる。
そしてやたらと食べる。常盤様も常盤様で、食事の件については満更でもないのか、ただ飯食らいが、などと言いつつもせっせとお代わりを運んで来る。
私は料理を一切やらない人間なので分からないが、自分の腕前を認めてくれると言うのは、その人が好きか嫌いかはさて置いても嬉しいものなのだと思う。
新しい試合の日程だの今度はどっちぼーるかごるふの試合でもやろうぜえ、などとふらりと現れてはお約束のように私に求婚をして断られて去っていく。
今日も「間に合ってますので」と一刀両断にしたつもりなのだが、気にした風もなく、三杯飯を平らげている。
何となく親族が食事に来ているような気持ちで、最初の緊張もどこへやらである。
もう常盤様という国王が常駐しているので今更な気もする。
片付けようとちゃぶ台から茶碗を持って立ち上がると、足元が揺れたような気がした。
「……地震?」
勘違いじゃなく、少し大きな揺れがやって来たが、少し経つと収まった。
「何か最近多いんだよな地震。ちっと気になってんだよなあ」
「そうだねえ。確かにここ数年でこんなに頻繁に地震が起きるってのもなかったねえ。
チカの所で地脈を変えるような大規模な工事か何かしてるんじゃないのかい?」
私の代わりに茶碗を持って洗い場に向かいながら常盤様がチカ様を睨んだ。
「おいおいよしてくれよ。そりゃ野球場は作ったが、ありゃ掘り下げたりするような作業もねえしな。せいぜい外野に網をかける杭を打ってる位だ」
「日本だと割と始終地震があるので、そんなに頻繁にも思えませんけどね」
そうは言ったが、言われてみれば確かにここに来てからこの一ヶ月位前までは体感出来る程の大きさの地震はなかった気がする。
「何かの自然災害の前触れかねえ。黒須は特に大きな異常はないと言っていたんだけどね」
「あと私が帰るまで二ヶ月もありませんから、何事もないといいですけど」
大地震とか台風とか津波とか、自然というのは思いもよらぬ被害をもたらすものだ。この国でお世話になった人たちに何かあったらと思うと心穏やかではいられない。
「……まあ俺もあちこち遠浪や万々里も動かして調べてるから心配すんな。
だが気になるならこっちに残ってくれても──」
「それは出来ませんと何度言えば分かるんですか」
向こうでの時は殆ど流れてないと言うが、体感として父とほぼ1年近く顔を合わせていないのだ。正直こちらの生活にも未練がないと言えば嘘になるが、父を天秤にはかけられない。
「……そうだよ。ナノハは父親のいる所に帰るんだからね」
常盤様が柿を剥いた物に串を刺して運んで来た。本当にマメな人である。
犬猿の仲に見えるチカ様にもちゃんと用意しているところが偉い。多分本質的に世話好きなのだろう。……うん、美味しい。
「まあ、何事もなきゃいいんだけどよ。俺もこれでも王だからな。民の事は考えねえと」
「民の事を考えるならここにご飯食べに来てる暇はないんじゃないのかい? 私だってちゃんと王宮に行って仕事しているんだからね」
「自慢になるかよ。当然の事だろうが」
「朱鷺さん、今のは確かにチカ様の方が正論です」
「……」
普段仕事してないから、たまに仕事真面目にやってる時はすごく頑張ってると思っちゃってるよねえおじいちゃんてば。
「まあ仕事してんならいいんじゃねえの? 俺はそろそろ宿に戻る。またなナノハ先生」
「はいどうもお疲れ様でした」
食べるだけ食べて喋り倒して帰って行った。常盤様が月だとすればチカ様は太陽のような人である。どちらがいい悪いではなく、どちらもオーラというものがあるのだ。
一気に2人が揃うと少々くたびれるのは一般人として致し方あるまい。
「……早く銭湯に行って寝ましょうか」
「そうだねえ……あいつが来ると何かどっと疲れるんだよねえ」
おじいちゃんもお疲れのようである。
私たちは銭湯に行って本当に早く眠ってしまったが、翌日、黒須さんからの驚くような報告で、私ものんびりしている場合ではなくなってしまった。
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