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素晴らしきかな町暮らし
朝目覚めると、常磐様はまだ眠っていた。
抱き枕状態から脱出して起き上がり、眠っている顔を見ていると、度を越えた美形は眠っていても美形なんだなあ、と感心する。まつげが私より長い。
常磐様が寝ている間に、と黒須さんが用意してくれた和服に着替えを済ませ、いつもの作務衣は風呂敷に包んだ。
着心地は悪くはないのだが、やはりパンツスーツやジーンズなどが基本の暮らしをしていたので、動きにくい事この上ない。
(……まあ、仕方ないか)
台所で顔を洗い、歯磨きを済ませる。
お腹が空いたし、朝から朝食出してる所はあるかなあ、などと思っていると、表で女性の話し声が聞こえた。
窓の近くで聞き耳を立てると、朝の挨拶がてら世間話をしている主婦といった感じだ。
丁度いいと私は表に出ると、井戸の傍で水を汲みながら話をしていた2人の女性に近づきお辞儀をした。
30歳にはなってないだろう若いあっさり顔の美人さんと、40代位の色っぽい彫りの深い美女が、見慣れない私を見て少し訝しそうにしていた。
「おはようございます。あの、昨夜……主人とそちらの空き家に越して参りましたナノハと申します。
夜だったものでご挨拶も出来ずにすみませんでした。また改めてご挨拶に回りたいと思いますので、どうぞ宜しくお願い致します」
まだ引っ越しが急すぎて「つまらないものですが」などと差し出せるお菓子や手拭いすら用意していない。
何がいいのか後で黒須さんに聞かなくては。
こういうのを疎かにすると、気が利かないとか偉そうなどと言うマイナスイメージが付きかねない。
どうせ常磐様に聞いてもそんな庶民のやり取りなど知らないだろうし。
これから町のグルメ情報を満遍なく仕入れる為には、円満なご近所付き合いは必須である。
そして、女性は蜘蛛の巣のように網の目に広がる詳細な情報網を持つ人が多い。
敵になると怖いが、味方にすれば最強なのである。
「おやまぁ、それはご丁寧に」
「まあ、私のところはふたつ隣ですのよ。これから仲良くして下さいね」
「こちらこそ宜しくお願いします。田舎者なので色々教えて頂けると助かります」
表情筋が仕事をしない私は感情表現がとても乏しいため、無愛想に思われないよう控え目にしつつも態度や言葉数でフォローする。
幸い気のいい女性たちで、朝からやっていてアラの味噌汁が美味しい飯屋だとか、自家製の干し魚の塩気がいい塩梅で、漬物もイケる定食屋など直ぐにポンポンといい情報が入手できて、長屋生活はいいスタートが切れそうだ、と内心ニンマリした。
◇ ◇ ◇
「いやぁ美味しかったですねえあのアジ! 脂が乗ってご飯が進みました。キュウリのぬか漬けもこれまた良い漬かり具合で……」
いつまでも寝ている常磐様を叩き起こし支度をさせると、私たちは早速仕事の前に定食屋に立ち寄った。
朝から甘くもなく、旅館の朝食のようなステキご飯が食べられた私はご機嫌である。
それもご飯、味噌汁、漬物にメインの魚が300縁という安さである。安くて旨い、私のハートをわしづかみにするパワーワードだ。あの店もお気に入りリストに入れなくては。
「……うん、そうだねぇ……」
常磐様はアクビをして眠そうな声で返事をした。
食事をしてから王宮へ向かうため少し早起きをして貰ったのだが、眠る事が好きな常磐様には少々辛かったようだ。
まあ夜中に睡魔がふっ飛ぶほど凍えてたし、流石に寝不足なのだろう。個人的にはいつも寝過ぎだと思う。
「……ところでナノハは和服も似合うね。見違えたよ」
王宮に向かって歩いてると、常磐様が私を見てにこにことしながら誉めた。
「ありがとうございます。
ですが仕事しづらいし歩きにくくて私は苦手です」
「そうかい? 慣れだと思うけどねえ。
まあ暫くは行き帰りだけ頼むよ。ナノハもご近所の人から変な目で見られたくないだろう?」
「はい。朝会った女性も和服でしたし、ご近所付き合いのためにも当分は頑張ります。往復だけですしね」
自分が昆布巻きになったような感覚もいずれ慣れるといいのだが。
王宮に着くと、黒須さんは早速常磐様に布団の件で叱られていた。
そのまま寝不足だから二度寝する、と寝所に向かう常磐様を恨めしそうに見ていたが、自分のミスなので責められないらしい。
落ち込んでる黒須さんに引っ越しの挨拶の品について確認をすると、少し考え、手拭いでもいいが最近では長屋の逆方向にある菓子処の日向屋の新作で『天女の羽衣』という砂糖を軽くまぶした薄いお菓子が人気で、小袋に分けてくれるから、配りやすいしそれにしたらいい、と地図まで書いてくれた。
昼間に使いに出す名目で表に出してやるから買ってくればいい、という。
色々と町の諸事情にも詳しい黒須さんだが、きっと常磐様が寝てばかりなので、詳しくならざるを得ないんだろうなあ、側近だものなあ、と思うと少し同情した。
黒須さんにも天女の羽衣、買ってきてあげよう。
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