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いやこれは致し方なく、ですね
「すみません、それじゃちょっと出かけてきます」
「ああ行ってらっしゃい。まったく、黒須さんも新人をこき使うんだからねえ」
「ついでにゆっくり町の散策でもしておいで。
俺たちはもう見飽きた町並みだけど、ナノハちゃんには珍しいだろうから。
あの、転ばないようほんと気をつけてね。怪我とかしたら治るまですごく時間がかかるんだろう?
くれぐれも周りは見て歩くんだよ」
「はい、気をつけます」
未だに幼児かバー様のように気遣われ、文官のお兄さんたちに見送られた私は、銘菓・天女の羽衣を買うために町へ向かう。
──そんなに簡単には死なねっつうんだよ。
私は心の中でちょっと毒づいた。
まあ妖しさんみたく、軽い火傷や切り傷擦り傷は次の日には綺麗になってるとか、骨折しても1週間位で治るような驚くほどの治癒能力はないけども。
黒須さんの地図を頼りに日向屋を目指す。
んー、あそこかな?
人が何人か並んでいる所に向かうと、やはり日向屋さんだった。後ろに並びつつ前にいたおじさんに聞いてみると、口当たりが良くて柔らかいからウチの婆さんも大好物だ、という。
「手間が掛かるとかで少し高いんだけどなあ、老い先短いんだから好きなもん位は食わせてやりてぇしよ」
100年200年で老い先短いとか言われてもなあ。
私たち人間は生まれた瞬間からジジババ扱いになってしまう。いや、もっと儚いか。
「ボウズはお使いか?」
「……ええ、まあそんな所です」
王宮の中ではもう認知されているので間違われる事はないのだが、髪も短く化粧もせず、ほぼ作務衣姿の私は男に間違われる事が多々ある。それも少年だ。
チチがあるだろうチチが! と言いたいのだが、自称Cカップ公式Bカップなのであまり強気にはなれない。
世間様ではDカップ以上が人権ならぬチチ権を持つのだ、と総務にいた笠松さん(Bカップ)が悔しそうに訴えていたので、きっと私のチチは雄っぱいの誤差レベルなのであろう。
ここには寄せて上げるブラどころかブラ自体がないので盛れないのが辛いところだ。
サラシではないが、伸縮性のある胸当て(腹巻きもしくはチューブトップと呼ばれるアレである)で胸を潰すようにするのが基本のようだ。
多分、着物は胸が余り出ている状態だと着崩れしやすいとか見映えが悪いとかそういった理由ではないかと思われる。
結果、普段から存在にチチ権がない私の胸は、より目立たない存在になり、作務衣まで装備していれば男の子と思われても仕方のない仕上がりになるのである。
声もアルトボイスだし、女性らしい柔らかな言葉遣いも出来ない。
町で買い物をする時もご飯を食べる時も散々誤解されているので、もう面倒になり敢えて否定はしなくなった。特に困ることもないからだ。
という事でそのまま少年としておじさんと話をし、店では小分けにした袋を10、自分用と黒須さん、文官のお兄さんたち用に箱詰めされた大きめの物を購入した。
味見をさせてもらったが、口の中に入れたらフワッと無くなるような食感の薄いお煎餅のようで、甘みも思ったほどなく上品でなかなか美味である。
今夜の夕飯の後、長屋でのお茶うけにしよう。
常磐様に火を起こしてもらって。
ゆっくりしておいで、と言われたので何軒か覗いて見たものの、ここのエリアは飲み屋が多い。
別に飲めない訳じゃないが、仕事中だし。
オツマミなんかは気になるが、休みの前の日にでも暇そうなおじいちゃん……常磐……朱鷺さんを誘うかな。
既に店からは結構出来上がってるような陽気な声が聞こえて来ている。
夜明けから仕事してる人とかもいるし、別に昼間に酒を飲んだらいけない理由もない。
変に絡まれたりしなきゃいいので楽しんで下さい。
そう思いながらも、私の格好じゃ女とも思われないか、と王宮に帰ろうと歩き出すと、
「……止めて下さいっ」
と圧し殺したような声がして、ん? と辺りを見回した。すると、何やら3人のお兄さん(見た目)が2人の17、8くらいのお嬢さん(見た目)たちに絡んでいるようだ。一緒に飲もうと誘っているらしい。
「そんなつれない事言わないで、ほんの少しだけぇ」
「ちょっとお酌してくれるだけでいいからさー」
あのお兄さんたちは少々飲み過ぎてるようで、明らかに嫌がっているのが分からないようだ。
1人の子は怖がって半泣きである。気の強そうな女の子が庇いながら追い払おうとしてるらしいが、しつこく言い寄られている。
(うーん……黒須さんには、虚弱な異界の民なんだから、変に揉め事には足を突っ込まないように、って言われてるんだけども……)
でも、流石に自分より年下(見た目)の子が絡まれてるのを放置するのも後味悪すぎるよねえ。
少しだけ考えた私は、スタスタとお兄さんたちに近寄り、
「ほらほらお兄さんたち、彼女たち嫌がってるから仲間内で飲んだ方がいいよ」
とさりげなく割って入った。
「んー? 何だよボウズは引っ込んでろよ。
俺たちはな、このお嬢さんたちと話してんの。
はい行った行った」
顔を赤くした青い法被に黒いモモヒキのようなズボンのお兄さんが、私を見て手を振った。
「嫌がってる女性を無理矢理なんて男がすたるよ」
「ガキは黙ってろっつーの。俺たちは仕事を終えて疲れた心を癒したいんだよ」
「青臭い小僧が格好つけてんじゃねえよ」
とん、と突き飛ばすように1人が私に向かって手を伸ばした。駄目だよお兄さんレディーに手を出したら。
私は相手の勢いを使って手首を掴み、そのまま逆手にして地べたに押し付けた。
「あだだだだっ! 馬鹿野郎いてぇんだよ離せっ」
「ああすみません、いきなり手が出てきたもんでつい」
「小僧、おめえイイ気になってんじゃねえぞ?
早くアニキを離せってんだよ!」
更にガタイのいいお兄さんが掴みかかって来ようとしたので、申し訳ないと思いつつも股間を蹴り上げた。
変に中途半端にすると戦意が増すからだ。
これはキックボクシングではアウトだけども、か弱い女性だから許して貰おう。
「ぐっっ!!」
股間を押さえてうずくまるお兄さんに、痛いらしいですねえ、ないので分からないですけども、ここが一番早くて、と心の中で言い訳をする。
法被のお兄さんも私を睨んで来て、うーん、仲裁するつもりだったのに、3人はきっついなー、などと思っていると、すぐ傍の居酒屋から艶やかな40代位の女将(見た目)が出て来て、あらま、という感じで目を見開くと、
「──こらアンタたちっ! 飲み過ぎだよ。
全く子供にまで良いようにされてるじゃないか! 大人しく飲めないんなら相談役の仁さん呼んで来るよ? ほらいいのかい?
……ごめんねえお嬢さん、泣くんじゃないよ。こいつらも普段は大人しいんだけどね、仕事でちょっとしくじったらしくて、親方に散々絞られたみたいでさ。
今回だけは許してやってくれないかい? 私からもちゃんと叱っとくから」
「……はい、分かりました。菊ちゃん、大丈夫?」
「うん、へ、平気」
気の強そうな子が弱そうな子を慰めている。
……どうでもいいが、ここにいる人物みんな美女か美男子の類いである。
何となく腹立たしいぞ。
まるっと収まりそうなので、私も地べたに押さえつけてたお兄さんの手を離す。
「まあ何事もなくて良かったです。それじゃ、私はこれで」
割れないように竹のベンチの上に置いていた天女の羽衣の袋を持つと、頭を下げて帰ろうとした。
「あのっ! ありがとうございました!」
いきなりの大声に驚いて振り返ると、大人しげな子が頭を下げていた。
「あ、いや別に大した事ではないので……」
「お兄さん強いんですね。あの、どこで習ったんですかその武道? 見たことないんですが」
勝ち気な少女も目をキラキラさせてるが、訂正させて欲しい。私はお姉さんだ。
「合気道といって、えー、まあかなり東の島国の武道ですよ。私の故郷は田舎なので……」
「あの、良かったら教えてくれませんか?
もしくは道場があればそこに通いたいです! だってお兄さん位細身の人でもあんな大きな人を相手に出来るんだもの。
私みたいな女性でも護身として出来ないですか?」
だからお姉さんだ。
「女性もかなり故郷ではやってましたよ。でも、こちらには道場は……ないんじゃないかな……」
「じゃあやっぱりお兄さんにっ!」
「いや、私も仕事がありましてですね……」
えらく食いつかれてしまったので、どうしたものかと頭を悩ませていると、背後から
「……ナノハ、そこで何をしているんだ? んん?」
という聞き慣れた声がして、恐る恐る振り向いた。
そこには予想通り、仁王立ちの黒須さんがこちらを強い眼差しで睨みつけて立っていたのだった。
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