華麗なる変身は何処へ

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華麗なる変身は何処へ

【常盤視点】   「おや、お帰りナノハ。今夜は早かったねえ。夕食の支度は出来てるから、手を洗っておいで」   「……朱鷺さん、一体何をしているんですか?」    道場から帰って来たナノハは、私の前掛け姿とちゃぶ台に載った料理に唖然とした顔をしていた。   「何って、私もたまには料理でもしようかと思ってね。ブリが美味しそうだったから煮付けにしてみたよ。  余り甘くはしてないけれど、少しばかりは甘みもないと魚の煮付けは美味くないからねえ。  あと、青菜のゴマ和えと、豆腐の味噌汁、白菜の塩揉みに炊きたてご飯だ。  ナノハはこういうの好きだろう?」    料理を見ていたナノハは驚いて、   「好きですけど……え? まさかこれ全部出来合いじゃなく朱鷺さんが作ったんですか!?」    と大きな声を上げ、その後小声になり、   「王様が料理なんてする事あったんですか?」    と囁いた。   「いいや? 今夜が作るのは初めてだねえ。  近所の奥さんたちに『疲れて帰ってくる妻を美味しいご飯で出迎えたい』と言ったら、とても親切に教えてくれたよ。私は筋がいいそうだ」    手を洗って戻ってきたナノハは、   「初めてでこの完成度……つらい……」    と自分の手を眺めていたが、   「ほら温かいウチにお食べよ。口に合うといいんだけどねえ」    と私が言うと、頷き箸を取った。  私も一緒に頂くとしよう。   「いただきます……あ、ゴマ和え美味しいです。お味噌汁も出汁が効いててネギが散らしてあるのがいいですねえ……あっ! ブリも臭みがなくて甘さも丁度いいですよ! ちゃんと生姜入れたんですね」    パクパクと頬張りながら、1つ1つ誉めてくれるのが面映ゆいが、美味しいと言ってくれるのは嬉しい。   「教わった奥さんたちは、200年300年は食事を作っている熟練者だもの。  味噌汁の出汁の鰹節は、グツグツさせるとエグみが出るからいけないとか、青菜は茹ですぎるとしゃきしゃき感が無くなって美味しくないとか、色々教えてくれたよ」   「……国王にダメ出しさせるとか、相手が知らないからとはいえ何て恐ろしい事を……」    ナノハは窓の外を見てブルッと肩を震わせた。   「民は国王の顔なんか知りもしないし、気にする事はないよ。それになかなか面白いものだね料理は。  野菜や魚の調理のやり方次第で全然違う味になるし、なかなか奥が深いよねえ」    私は料理に少なからず興味を覚えていた。   「確かに初めてでこんなに美味しい物が作れるのなら、朱鷺さんは才能ありますよね。  ──ですが、ずっと王宮であんなに甘いものばかり食べていたし、朱鷺さんは本当は甘い方が好きなのかなと思ってたんですけど……」   「……うーん、王宮の食事もね、ずうっと甘かった訳じゃなくてね。  千年ほど前にサトウキビが見つかって、それを増やしたり出来るようになってからかねえ」      別に、特別甘いのが好きな訳ではなく、献上された砂糖を王に味わって貰わねば、というのが過剰になっただけの事なのである。    元から余り食に興味はなく、口に入ればいいと考えていたのだと説明した。   「だけどね、町で暮らしてナノハと色々美味いものを食べるようになったじゃないか? そうしたらこの頃は王宮で出る昼食なんかも、こう胃にもたれるというか、甘過ぎるなと思う事が多くなって来てねえ」    先日、我慢できずにとうとう厨房の料理人に、   「私はそんなに甘くない方が好きだから、お前たちが良く食べるような味つけにしてくれ」    と伝えたのだ。  驚いた料理人が恐る恐る、   「あの……砂糖を使わなくても宜しいんですか?  我が家では、みりんとか、野菜の甘み程度しかないのですが」    と聞いてきたのでそれでいいと伝えると、ようやく町で食べているのに近い物が出るようになったのだ。   「どうやら、妖力の高い者は、普通の者より妖力維持のため甘いものが必要らしい、という話がもう大分前にあったそうでね。伝統的に使っていたらしいのだよ。  全くデタラメだけどね」   「あー、朱鷺さん妖力が強いから王になったと仰ってましたものねえ……」    ナノハが頷く。   「まあ、これで王宮の食事もまともになりそうだし、あっちに戻ってもいいけれど、せっかく町の暮らしも馴染んだしねえ。ナノハが帰るまではこちらに住んでいてもいいかと思うんだよ。  ナノハはどう思う?」    そう言うと、私はナノハを見つめた。   「──私は、王宮で暮らすよりこちらで暮らしてる方が精神的に楽ですのでこの長屋がいいです。  それに今は師範として生徒も抱えてますから、道場への便もいいですし。朱鷺さんは帰りたいんですか?」   「いいや。私もこちらの生活は楽しいからねえ。それじゃ、このまま暮らすとしようか」   「そうですね! 私はその方が嬉しいです」    少しだけ口角を上げているだけのナノハは、周囲には表情の変化は分かりにくいだろうが、一緒に過ごす日が増えるに連れて、とてもホッとして喜んでいるのが私には理解できるようになった。    もっと笑顔を見せるようになればもっと可愛いだろうにねえ。   「──ほらナノハ、早く食べて風呂屋に行かないと閉まってしまうよ。  それと、これからも趣味でご飯を作るから、才能があると言うなら食べて貰えると有り難いね」   「私で良ければもちろん喜んで。  でも、勉強がてら外にも食べに行きましょうね」   「そうだねえ」      私たちは食事を済ませ、風呂屋に向かった。  何だかこの穏やかな生活が本当に居心地がいい。              夜中になって、トイレに立ったナノハは戻って来ると、寝てるふりの私を見て、   「料理も出来るなんてすごいなあ、……お母さんみたい」    と呟くとお母さん、と言いながらぎゅっ、と抱きついてきた。  そしてまた暫くすると、すうすうと寝息が聞こえてきた。        ……ねえ違うだろうナノハ。  そこはお母さんじゃなくて粋なお兄さんだろう?        私は内心ガックリしたが、珍しく抱きついてきたナノハに少し弾んだ気持ちになって、      ……まあおじいちゃんよりはいいよね……      とナノハの温もりでまた眠りにつくのだった。              
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