異界開きとは何ぞや?

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異界開きとは何ぞや?

「──よく聞き取れなかったが、『食べたい』とか何とか申しておったな」   「何と! 王の寝所に潜り込んだ上にそのようなはしたない発言を! 我らの警備をすり抜けて尊い王の子種を得ようとは何という不埒な女でございましょうか!」        茫然自失状態の私は捕らえられ、また建物内に連れ戻された。    今度は寝室ではなく、簡素なソファーとテーブルが置いてあるだけの狭い部屋である。  それでも私の住む築15年の6畳風呂トイレ別のボロいアパートより広かったが、まだ馴染みのある広さで少し安心した。    後ろ手に縛られた状態で暫く見張り1人だけ置いた状態で放置され、ようやくまともに考えられそうになった頃にさっきの半裸の男性が恭しく案内されてやって来た。    ……良かった。服を着ている。      それにしても、何故ここは外国人のような彫りの深い美形ばかりなのか。    ただ私を見張っていた人ですら、鍛えられた体をした俳優のような整った顔立ちをしているなと思っていたが、王と呼ばれた男性はちょっと別格だ。    同じ猿から進化した霊長類とは思えないレベルで、人間離れした美貌と言えばいいのか、とても繊細な美術品のようだ。    まあ美形好みではない上に、恋人に振られて男性不信気味の私にはどうでもいいのだが。      しかし話を聞いていると、やはり私の発言は変態として認識されていたようだ。このままではいけない。   「あの、申し訳ありませんが、せめて私に弁明する機会を与えては頂けませんか?」   「侵入者が何を図々しい事を言っておるのだっ! どうせ隣国のスパイであろうが」    年配のこれまた渋い40絡みの黒髪の男前が私を睨んで声を上げたが、私はそんな世界をまたにかけるボンド●ールや峰不●子のような大層なシロモノではない。ただの小さな広告会社の平凡な経理OLである。   「黒須(くろす)、昼間から声がデカいよ。  ──娘よ、ほら構わぬから言ってごらん」    人外レベルの美貌の王は考えの読めないような眼差しで私を見た。   「ありがとうございます。  それでは説明させて頂きたいのですが──」      自分は広告会社のOLで、昼休みに食事を取ろうとして飲食店に入った筈が躓き思わず目を瞑ったところ、気がつけば図らずも王の寝所にいた事。    食べたいと申し上げたのは王(の体)の話ではなく、麻婆豆腐つまり昼食である事。  正直言ってこの状況に自分も困惑しており、仕事も途中なので帰りたいのだという旨をキッチリ説明した。    決して変質者ではない事を訴えるべく理路整然と話したのだが、黒須と呼ばれていた男に鼻で笑われた。   「何を弁明するかと思えば、飯を食べる為に食事処に入った筈が王の寝所だったなどと……そんな荒唐無稽な話を誰が信じるというのだ。  どうせ王をたらしこんで得た情報を隣国に流す為に送り込まれたのだろう?」   「いえ、本当にお疑いはごもっともなのですが、私にとってはこれが事実なのです」   「もういい、人を馬鹿にするのも大概にしろ。  ──常磐(ときわ)様、この女は少し痛めつけて白状させた方が宜しいかと」    いや、痛めつけられても困るし、心の底から正直に話しているのですよ。   「……黒須、この娘はウソはついていないよ。目を見れば分かる」    沈黙していた王が口を開いた。   「ですが常磐様、このような話を──」   「結界を張っていた私の寝所にポン、といきなり現れたのだよ? それに私をたらしこむには、少々身なりに色気が無さすぎないかい?」    私は自分の服装を見下ろした。    会社には制服はない。  女性はビジネスカジュアルで、かなりヒラヒラした仕事向きではない格好をした事務の女性もいるが、私は基本的にダークカラーのパンツスーツ何着かを制服代わりにしており、今日は濃紺のパンツに冷えるのでインナーの上に黒いセーターを着ていた。  ジャケットは汚れるといけないと会社の椅子に掛けて出た。スカートは履かないし、ヒールも歩きやすい5センチ未満の高さのパンプスである。    色気という点では確実に赤点だろう。   「確かにそうですが……」    だが肯定されると少々腹立たしい気持ちになるのが不思議である。   「……なるほど、そうか。  分かったぞ娘よ、お主異界開きで参ったのだな。  そういえば今日は閉めの日であったな」    納得したように王が頷いた。   「ああ、異界開き……」    黒須という人や、あと2人いるこれまた無駄に美形な護衛っぽい男性がなるほどという声が上がる。    後ろ手に縛られた縄は早々にほどかれた。  地味に後ろ手に縛られるのは痛いし座り難かったので助かったのだが。    いやいや勝手に納得しないで欲しい。  何がなるほどなんだ。そもそも異界開きとは何だ。   「あの、話が見えないのですが、異界開き、とはどういった……その……」   「ああ済まぬ。お主には分からぬよな。  ここはな、和宝国(わほうこく)と言って、お主らの住む世界とは異なる国なのだ。  そして、年に1度2日間の異界開きというのがあってだな、本来ならこちらの者が主らの国に遊びに行く門が開くのだが、たまにそちらの国の者がコロッと紛れ込んだりする。  以前はえーと、どのくらい前だったかな黒須?」   「左様……もうかれこれ200年余り前かと」   「久方ぶりですっかり忘れていたな。  まあお主のスパイ容疑は晴れたので安心せよ」    その場の張り詰めた空気感というのはあっという間に霧散したが、私の方はかえって混乱が深まった。    ここは日本ではなく異世界という事で、私はたまたま迷い込んだ一般人という話なのか?  そんな小説や映画の世界のような事が何故私に?    今は深く考えても分からないし、実際に迷い込んだ事実は変わらない。早く日本に戻らねば。  もうランチを食べる時間はないだろうが、まだ仕事は山積みなのだ。   「お疑いが晴れたのであれば、私は帰りたいのですが」    穏やかな空気で語らう美形たちにそっと声をかけた。   「──ん? いや、悪いけど今すぐ……は無理かなあ」    王が気まずげに答えた。   「……は?」      黒須が王の代わりに説明をしてくれた。      異界開きは年に1度勝手に空間が開くだけで、こちらから干渉が出来ない事。  戻る時にはこちらに来たのと同じ時間に戻れるが、来年の異界開きが来るまではどうにもならないという事。      私は不安と安堵の両方で溜め息がこぼれた。      同じ時間が流れてたら私は行方不明者リストに加わるし、家賃滞納でアパートを放り出されていただろう。    唯一の家族である実家の父も心労で倒れるかも知れなかったが、同じ時間に戻れるのであれば大丈夫だ。    ……また店ですっ転んだところからなのか、と思うと少々辛いものはあるが。    だが、それまで私はどうすればいいのだ。       「分かりました。それで、私が帰れるまでこちらで住まいや仕事等をお世話して下さるのでしょうか?」   「家は勿論用意する、というか沢山部屋が空いてるのでここに住めばいいが……働きたいのか?  たった1年なのだから遊んでいればいいだろうに」    王が呆れたように私を見るが、庶民には1年という単位は遊んで暮らせるほど短い時間ではないのである。  1週間なら旅行感覚で過ごせても、1年遊んでろというのはちょっと私には無理だ。  身分の高い人というのは時間の流れが庶民とは全く違うのだろう。   「ずっとは疲れるので、5日働いて2日休みとか、3日働いて1日休みとか適度に休みは頂きたいのですが」    せっかくよその国に来たのだ。  観光巡りもしたいがそれは休みにすればいい。  大体持って出た財布も見当たらないし、こちらで使えるお金でもない。  先ずはお金を稼がないと、観光どころかこちらの食事を食べに行けないではないか。   「……お主は変わってるな。女の割に肝が据わっているというか、動じないというか……名は何という?」   「神崎(かんざき)菜乃葉(なのは)と申します。あ、神崎が家名です」   「ナノハか。この男は黒須と言って私の右腕……というか、怠け者の私の代わりに仕事の鬼になってくれている男だよ。仕事の件はこの男に言えばいい。  部屋だが……黒須、危険もない事が分かったし、ナノハの国の話も聞きたいから、私の寝所の隣でいいよ。  案内してくれないか?  それとナノハは身一つで来たのだろう? こちらで着替えなど生活に必要なものも用意してあげて」    親しくもない人からいきなり名前で呼ばれるのは慣れないが、私はこれから和宝国とやらで1年お世話になる余所者である。  ラスボス的立場の王に何か言える立場ではない。     「かしこまりました。──カンザキナノハ、こちらへ」      黒須さんが私を促した。早速案内してくれるらしい。  ずっとフルネームで呼ばれるのもアレだけども、まあいずれは神崎で呼んで貰えばいい。      今は誰もいない所で1人でゆっくり考えたい。      肝が据わっているとか動じないとか言われるのは主に表情の乏しい顔のせいで慣れているが、流石に今は中身も平常心であると言うには驚き、疲れすぎていた。          
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