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退屈しのぎ
【常磐視点】
私がいつものようにとろとろと惰眠を貪っていたら、何かキィィン、と耳鳴りのような音がして、ベッドの背中側が衝撃で沈んだ。
驚いて振り向くと、化粧気もない地味な洋服をまとった髪の短い女がベッドに座り込んでいた。
その時妖力が一番高かったと王になってからもう千年近い。昔は夜這いなども頻繁でまあ据え膳はきっちり頂いたが、流石に何百年と抜いて入れてなどしていると飽きるのである。
性欲と言うのはいつまでもは続かぬものだ。
一夜の相手というのも面倒になってしまい、
『妖力が高すぎる弊害なのか、王には子種が殆どないらしい』
と黒須に噂を流して貰ってからはパタリと無くなった。まあ大嘘なのだが。
【殆ど】というのは0ではない。万が一婚姻でもするような相手が出来たら、奇跡が起きたとか言えばいいのである。
だが、妖しというのは長生きである。
私も2000年ほどは生きているが、途中で数えるのは止めた。
何しろ日々これといった変化がないのである。
50年100年ならまだいい。
500年1000年となると、そうそう大きな出来事など起こりはしないのだ。
私がたまたま前任の王が亡くなり(彼は珍しく1400年ほどで早死にだった)、王になった変化があった位で、干ばつもなく争いもない、至極平穏そのもの。
確かに民にとっては素晴らしい事なのかも知れないが、100年も経つ頃には「何か面白い変化があるのではないか」と思っていた私も、ただ処理する事が増えただけという事実に直面し、一気にやる気が失せた。
今は最低限の仕事をして、あとはダラダラしているだけの日々である。
そんな中、珍しく夜這い──日も高いので昼這いか──で、それも結界を張っていた寝所にさらりと入り込んだ女は、まったく妖力を感じない、ごく普通の人間のように見えた。
もっとも妖しとはいっても、妖力の強弱もあるし、長い年月の間に変化する事もなくなり、今では以前の姿に戻れる者もいなくなった。
私も大昔には尾が10本ある狐であった頃があったのだが、一番暮らしやすい人の姿になってから1000年以上。もう人の姿でしかいられないようだ。
だから、この女も妖力が感じ取れないほど少ないだけかも知れないが、それなら何故結界を越えられたのか謎は残る。
暇潰しにはなるか。
「……おやおや、積極的な女性は嫌いじゃないが、ひとまず誰か聞いてもいいかな?」
からかうように声をかけた。
目を瞑っていた女は私の声で目を開き、何故こんなところにいるのかという表情を一瞬見せたが、元の無表情に戻り、
「──麻婆豆腐を食べに来たのですが、お休み中のところお邪魔して申し訳ありませんでした」
と土下座をするとするりとベッドを降りた。
「……マーボー……ドーフ?」
食べに来たとは?
マーボードーフというのは食べ物なのか?
何故ベッドに来て食事をするつもりだったなどという話をするのかと考えていると、逃げるように頭を下げてすすすと扉から姿を消した。
「……おや」
何だ、ただの方向音痴な女だったのかな。
それにしては見ない顔だったが。
違う日常が始まるのかと少し期待したのにねえ。
……寝るか。
とまた布団を被ってうとうとしていたが、
あっという間に黒須が寝所に走り込んで来て、
「曲者が侵入しました!」
と早々に叩き起こされて、確かにいつもと違う1日だな、と思ったのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
やはりあの女が捕まったらしい。
しかし、どうも隣国のような洋装はしているが、あちらの民ではないようだ。
先程と同じような意味不明な発言をまた繰り返し、黒須に呆れられていたが、どうも嘘をついているような後ろめたい目はしていないのだ。
私はだいぶ前に隣国に異界開きで異界の人間が現れた事があったなーとふと思い出し、考えてみれば今日は閉めの日ではなかったか、と膝を打った。
異界開きでこの国に人間の男が来たのはもうだいぶ昔の事で、私は残念ながら会ったことはないが、この和宝国の服や食に関する事は、その男からかなり影響を受けていると前任の王に聞いた覚えがある。
何だ、このナノハという女から話も聞けるし、暫くは退屈しないで済みそうじゃないか。
私の寝所の隣に長いこと使ってなかった使用人の部屋があったので、そちらに住まわせる事にして、夕食までに衣服なども用意するよう伝えると、私は珍しく働く気力が出て来て、ウキウキと溜まっていた仕事を片付けることにした。
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